2017年12月29日金曜日

四吟歌仙 引込線の巻 評釈

   立冬の引込線の夕陽かな        媚庵
 発句は突然「歌仙氾濫」の掲示板を閉鎖した捌き人への挨拶句。日に数回貨物列車が通るだけの引込線のうら淋しさ。とはいえ、引込線には引込線の単目的な存在理由があるのだ。

   立冬の引込線の夕陽かな        媚庵
    紙屑のごと舞ふ都鳥        ゆかり
 脇は本来、発句と同季、同じ場所で発句の挨拶に応えるものである。ネットなので架空の同じ場所として江東区を縦断する貨物専用線あたりのイメージを借りつつ、動きを取り入れる。

    紙屑のごと舞ふ都鳥        ゆかり
   流れ着くものをあれこれ選りわけて   銀河
 第三は発句と脇の挨拶を離れ、ここからが事実上の連句の展開の始まりである。あまり脇と離れていない感もあるが、水上生活者のあわただしさに転じている。

   流れ着くものをあれこれ選りわけて   銀河
    郵便配達人の憂鬱          りゑ
 「あれこれ選りわけて」いたのは郵便配達人だったのだ。選りわけても選りわけても仕事が終わらない憂鬱。

    郵便配達人の憂鬱          りゑ
   自転車を追ひかけてくる超満月      庵
 月の座である。終わらない配達の仕事に自転車を走らせていると、月が追いかけてくる。折しもスーパームーンなのだった。

   自転車を追ひかけてくる超満月      庵
    ひとさし指で交はす稲妻        り
 自転車に月といえば『E.T.』だろう。あれを稲妻というか、という方もおられようが、稲妻は秋の季語で、連句の進行上ここは秋の句を三句続けなければいけない場面なのだ。ちなみにネットで検索すると、指と指をくっつける場面は映画のどこ、という質問がいくつかヒットする。

    ひとさし指で交はす稲妻        り
ウ  ゐつづけて鳴くかなかなを愛ほしむ    河
 表六句にしては派手な展開となったが、そのまま恋の句になだれ込む。こう書くと「ゐつづけ」の対象が人間ではなく「かなかな」であるようにも読める。なんとも厭世的である。

   ゐつづけて鳴くかなかなを愛ほしむ    河
    紫烟が匂ふ舶来煙草          ゑ
 そんな男が舶来煙草をくゆらしている。

    紫烟が匂ふ舶来煙草          ゑ
   私家版を詩人歌人に発送す        庵
 一服ののち、私家版の発送作業にとりかかる人物は詩人なのか歌人なのか。このあたりあえて俳人を避けて描いているようでもある。舶来煙草の似合う俳人などいないのだろう。

   私家版を詩人歌人に発送す        庵
    限定読者27番            り
 かつて鈴木志郎康が私家版も私家版、『ト、ヲ(止乎)』という読者限定の印刷物を発行していた。曰く「詩を書いたら、その詩は読者を必要とする。だが、ここでは不特定な読者を想定するという商業的な道筋では、その表現のあり方は耐えられないのだ。」と。折しもネット上の書き込みの通番が27。

    限定読者27番            り
   勝ち馬の汗拭いてをる昼の月       河
 27番をゼッケンと見立てて競走馬の情景を描き、「汗」で夏の月の句としている。

   勝ち馬の汗拭いてをる昼の月       河
    雲ははぐれて方南町へ         ゑ
 競争馬の過酷な生活に対し、はぐれる雲により違う生き方を暗示している。実在する「方南町」は東京都杉並区だが、ここではむしろ字面の面白さによって導かれたものだろう。

    雲ははぐれて方南町へ         ゑ
   地図になき国の浪漫を語り飽き      庵
 はぐれ雲の末期として、地図になき国の浪漫といい、しかも語り飽きたという。

   地図になき国の浪漫を語り飽き      庵
    長押のうへの竹のものさし       り
 茫洋とした浪漫に対し、極めて具体的なものをぶつけている。

    長押のうへの竹のものさし       り
   お師匠のさすが乱れのなき針目      河
 ものさしから、ぴしっとした和裁の師匠が導かれている。

   お師匠のさすが乱れのなき針目      河
    ついて良いのは嘘だけだらう      ゑ
 糸屑などついていようものなら厳しく指導されるのだろう。しかし、嘘だったらついていいのか。お師匠は変な人のようでもある。

    ついて良いのは嘘だけだらう      ゑ
   無礼講ゆるされてゐる花見船       庵
 腐敗しきった現実社会はさておき、本来なら嘘つき放題なのは無礼講くらいのものだろう。この前句からよく花の座に収めたものである。

   無礼講ゆるされてゐる花見船       庵
    朧の河へ投げる駅長          り
 前句が舟でなく船だったのを受け、川ではなく河で受けている。なにか漢詩的なものをと思ったとき、とっさに菅原道真の「駅長莫驚時変改 一栄一落是春秋」が浮かび、駅長を大河に投げ込んだ。

    朧の河へ投げる駅長          り
ナオ 女子寮にわけても柳絮飛び交ひぬ     ゑ
 大河といえば柳絮だろう。女子寮の嬌声が聞こえてくる陽気である。

   女子寮にわけても柳絮飛び交ひぬ     ゑ
    アルバムに貼る写真一葉        河
 そんな女子寮の一コマである。

    アルバムに貼る写真一葉        河
   寄せ書きのギプスにライバルの名前    り
 その写真はというと、石膏のギプスにお見舞いの一同が寄せ書きしてくれたもので、中にはライバルの名前もある。

   寄せ書きのギプスにライバルの名前    り
    自己新記録まであと二秒        庵
 思えばあと二秒のところで骨折したのだった。

    自己新記録まであと二秒        庵
   わうごんで舌を鎮めてゐる立夏      ゑ
 金メダルをかじれば舌に冷たい。夏が始まる。「わうごん」の表記が意表をついている。

   わうごんで舌を鎮めてゐる立夏      ゑ
    焼菓子かをり午後のお茶会       河
 「舌を鎮めてゐる」を味覚として「わうごん」を読み替えて付けている。シナモンの効いたアップルパイだろうか。

    焼菓子かをり午後のお茶会       河
   やる気ない帽子屋に雨降り始め      り
 お茶会といえばアリス以来の帽子屋であるが、まともに付けても面白くないので「やる気ない帽子屋」としてみた。たまたまテレビで観た『鶴瓶の家族に乾杯』の瀬戸の回に大きくインスパイアされている。

   やる気ない帽子屋に雨降り始め      り
    稽古帰りの相撲取にも         庵
 稽古帰りの相撲取にも雨が降っている。雨中のものを「も」で連ねる手法としては別役実の♪電信柱もポストもふるさとも雨の中、を思い出す。雨の日はしょうがなくやる気がない。

    稽古帰りの相撲取にも         庵
   ボンネット叩いて猫を追ひ出しぬ     ゑ
 車を走らす前にボンネットを叩くことを昨今は「猫バンバン」というらしい。相撲取の叩く「猫バンバン」は手形が残りそうですらある。「ボンネット」という音の響きが意外な効果を生んでいる。
 
   ボンネット叩いて猫を追ひ出しぬ     ゑ
    いひわけといふことにあらねど     河
 ボンネットから出てきた猫がなんだか言い訳めいた仕草をする。

    いひわけといふことにあらねど     河
   缶詰のやうにしたたり月のぼる      り
 前句の情感を桃の缶詰のとろみに見立てて月をのぼらせている。月の座である。

   缶詰のやうにしたたり月のぼる      り
    夜学にまなぶ微分積分         庵
 ある種の立体の曲面や回転運動は濃厚に微分積分を感じさせる。秋の句なので「夜学」としている。

    夜学にまなぶ微分積分         庵
ナウ まへを行くかの火祭の火男よ       ゑ
 「火祭」は歳時記的には「鞍馬の火祭」で十月二十二日に行うそうである。名残裏折立として、前句とは無関係ながら秋の句を続けている。「絶滅のかの狼を連れ歩く」を裏返したような言い回しは、基本教養としての三橋敏雄といったところか。

   まへを行くかの火祭の火男よ       ゑ
    どぜう髭かと殿の御下問        河
 火祭は巨大な松明を持った壮観なものであるが、火男の髭はどぜう髭かなどというじつに場違いで珍妙な殿の御下問が可笑しい。名残裏なのに面白すぎる。

    どぜう髭かと殿の御下問        河
   やはらかい時計が開ける障子窓      り
 サルバトール・ダリの髭から「やはらかい時計」が導かれている。

   やはらかい時計が開ける障子窓      り
    ゆりかごに猫ねむる遅き日       庵
 前句「やはらかい時計」を猫の体内時計と読んで付けている。

    ゆりかごに猫ねむる遅き日       庵
   黄桜もしろも眞露も花のなか       ゑ
 花の座は「花」と書いて桜のことなので、桜で発想して「花」の字でお願いします、と注文を出すとしれっと「黄桜」などと出してくるあたりが大胆不敵ではあるのだが、酒の銘柄を列挙した「花のなか」が前句とあいまってなんともいえぬ、酩酊感を醸し出している。

   黄桜もしろも眞露も花のなか       ゑ
    とけてほどけて淡雪の水        河
 前句の酩酊感に対し、なんとも心地よい真水感がある。胃にやさしい挙句でめでたく満尾となった。結果的に名残裏は「御下問」「障子窓」「遅き日」「花のなか」「淡雪の水」と句尾が体言止めで続いてしまったが、差し替えるとまたバランスが崩れてしまうので、このままでよいのだろう。




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