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2018年11月21日水曜日

山本掌『月球儀』を読む(2)

 次の章は「双の掌」。「掌」は作者自身の名前でもある。手や指を中心とした連作であるがどの句にも必ず手が出てくる訳ではない。そのあたり作者の美意識によってゆるやかに連結されているようである。「掌」から「磔刑」「ゴルゴダのイエス」などが導かれたりもするが、連作は意外な結末に向かう。最後の三句をみよう。

  寂静や人体直立歩行より   掌

 寂静は仏教用語で「煩悩(ぼんのう)を離れ苦しみを絶った解脱(げだつ)の境地。涅槃(ねはん)。」とのこと。ついでながら前章「さくら異聞」中の瞋恚も仏教語であった。特定の宗教の立場ではなく、作者の詩情のほとばしりによってあるときは磔刑となり、あるときは寂静となるのだろう。

  われ眠る月の柩に仰臥せり

 「月の柩」という措辞が世俗を離れ比類なくうつくしい。そして柩のなかにあって死とは言っていない。「われ眠る」なのだ。前句「寂静」から導かれたイメージの広がりなのだろう。連作ならでは味わいである。

  月光の贄なるわれの生死かな

 前句のパラフレーズであるが、生け贄とか鳥葬とかが頭をよぎりつつ「月光の贄」の静謐さを思う。そんな今際の時もよいかも知れない。





 参考までに柩に寝るというだけなら先行句として例えば以下がある。

  寝棺より眺む風花かと思ひ 清水径子
  棺に寝て朝顔へ人走らする    同

 清水径子も独特の死生観を詠んだ俳人だが、後者は息を引き取ったばかりのあわただしさを故人に転嫁したユーモラスにして万感の追悼句だろう。

2018年4月28日土曜日

清水径子『哀湖』(1)

『SASKIA』10号の清水径子二百五十句(三枝桂子抄出)から第二句集『哀湖』(昭和五十六年 俳句研究新社)について。

 本筋ではなさそうなところから入ってみる。食べ物の句がなんだか多い。

  まんぢゆうを食べ夏の夜のうす汚れ
  雨音のしみてしらじら寒の餅
  草餅の一つも翔たず老いませり
  餅食うべ体内に芽のやうなもの


 この時期の作者の健康状態など知る由もないのだが、最初の三句は食べる快楽とはあまり縁がなさそうである。それに比べると、いきなり関東・東北方言を上五に持ってきて自身に言い聞かせる感のある最後の句は、生への意志を感じさせる。腹が減ったというよりも、もっと芯のある「芽のやうなもの」。

2018年1月7日日曜日

清水径子『鶸』(2)

『SASKIA』10号の清水径子二百五十句(三枝桂子抄出)から第一句集『鶸』の続き。

   咲きとほす白梅のほか夜に沈む 清水径子
   昼の月白鷺の死所照らすため
   乳房もつ白鷺か森に隠れたり
 抄出では三句並んでいる。清水径子にとって白は特別な色のようだ。『鶸』(の抄出)には他に「霜白し死の国にもし橋あらば」「短き世ひたすらに白さるすべり」「弟に白梅わたす夢の中」「しばらくは白い時間の玉霰」があり、多くは冥界に通じるモノトーンの味わいを句集全体に添えている。
 白鷺が出たところで鳥はというと、句集のタイトルである鶸は抄出中にはない。他には「恋雀雪中に身を灯しあふ」「口中に鶫の一肢ひびくなり」「夏鶯焚きて火となるもの探す」「寒凪やはるかな鳥のやうにひとり」「影の樹に影の小鳥が冬の花」「一生のしばらくが冴え夏鶯」がある。多くは単なる取り合わせではなく、刹那的な哀感がある。ちなみに鶫が禁猟になったのは昭和四十五年のことで、それまでは普通に食用だったらしい。
 
   生と死とやはらかき苜蓿に座し
 例えば逢引で男女がやわらかい苜蓿に座すのなら話は分かる。だが、清水径子はそのようにして「生と死と」が苜蓿に座しているのだと詠む。しかも五五七のリズムによる異質感に乗せて。死が生の世界に恋人同士のように普通に入り込み隣り合っている死生観こそは、清水径子ならではの句境だろう。

   一滴の春星山に加はれり
 死という不在を強く意識するとき、「ない」の反対は「ひとつある」だろう。先の記事で引用した数のほとんどは一である。一への固執は、生きていることを詠むことに通ずる。掲句では、星を一滴と数えることにより、景に不思議な生命感を与えている。


   寒の暮千年のちも火の色は
 現れる数字でいちばん大きいものは千である。他に「夏の蝶仏千体水欲っし」という句もある。掲句、肯定的にも否定的にもバイアスを加えていない「火の色」は、おそらく人類の文明ということだろう。「も」による希求は下五の終わりで唐突にぶち切られている。「仏千体」の方は、悟りを開いた仏ではなく、死者だろう。夏の蝶の生命感がはかない。

 清水径子の俳句は、見えたものを見えた通りに表現する類いのものとはぜんぜん異なる。第一句集から、独特の死生観をいかに句に定着させるかの格闘が始まっている。

(続く。次回は第二句集『哀湖』)
 

2018年1月6日土曜日

清水径子『鶸』(1)

 まずは『SASKIA』10号の清水径子二百五十句(三枝桂子抄出)から第一句集『鶸』(昭和四十八年 牧羊社)六十一句。抄出者の感性にもよるのかもしれないが、かなりの量の数字に驚く。一丁、一つ、ひとり、二月、一本松、千年、一本、千体、一粒、一肢、八月、一日、二十数年前、一滴、二月、一生。これが重大な意味を帯びてくるのかは保留ながら事実としてまずとどめておこう。

   風ときて寒柝消ゆる鏡かな 清水径子
 抄出はこの句から始まる(実際に句集の中で巻頭なのかは分からない)。子音kで頭韻を揃え緊張感を湛えた幻想的な句である。この語順で書かれると、寒柝の音は鏡のなかへ消えて行ったように読める。

   目のみえぬ魚がみひらきゐる晩春
   地虫鳴く目の中くらくあたたかし
 抄出では二句並んでいるが、いずれも目という視覚の器官を素材に、目にみえないものを把握しようとしている感がある。

   元日のきこゆるものをひとり聞く
   亡弟に赤き花挿す二月かな
   誰か来よ一本松の雪雫
 抄出では三句並んでいる。ここまで来ると、清水径子にとって聴覚が特別の位置を占めているようにも思われてくる。二句目は生前の思い出を語っているのではなかろう。第一句集にして、死者が自在に立ち現れる清水径子ワールドが始まっているのだ。そして、亡弟を手がかりとすれば、前句の「ひとり」、次句の「一本松」がなんとも意味を帯び始める。
 
(続く)

2018年1月5日金曜日

清水径子ふたたび

 昨年の二月にこのブログで清水径子のことをいろいろ書いたところ、三枝桂子さんから『SASKIA』という個人誌を頂いた。
(頂いたのは昨年の六月のことで、まったく申し訳ない限りである。)






 『SASKIA』10号は全編清水径子の特集で、大きな記事としては以下がある。

◆特集 清水径子の世界
 清水径子二百五十句
◆特別寄稿
 評論 まろびてつかむ抒情の水脈 皆川 燈
◆評論 輝けるこの世の俳句    三枝桂子

 たかがブログの記事に目をとめて、このような本格的な個人誌をお送り頂き、感謝に堪えない。私はたまたま第四句集『雨の樹』を手に取り、読んだままブログに書いた。『雨の樹』以外を読んだこともなければ、清水径子の生涯についてもほとんど知らなかった。だから、この個人誌は大いにありがたい。

 また、しばらく清水径子について書くことにしたい。

2017年2月4日土曜日

野川の春をそそのかす

 清水径子『雨の樹』(角川書店、二〇〇一年)の続きで、IV。

  雪は止んで一月真昼それから

 章の最初の句は6+7+4=17音の破調。四音で打ち切られた「それから」の後に余情がある。

  裏口に帰つてゐたり夏の月
  月のぼるよと二階より声まぼろし
  文学は真実である夏の月
  春の月やさしき人と居る心地
  二階にてもてなす春の月まんまる
  月に濡れ森閑と樹の倒れをる
  寝ころんでしばらく春の月と居る


 「月」を詠んだ句がこの章には多々ある。全体として月にも人格があって、帰っていたりもてなしたりしばらく一緒にいたりする関係のようである。

  白露(はくろ)けふ淋しきものに昼ご飯

 「白露(はくろ)」は二十四節気のひとつで九月七日ごろ。そして「けふ」。暦が進んだだけで「昼ご飯」が痛切に淋しい。ただならぬ吐露である。

  わたくしの電池を替へてみても秋
  もう少し歩き秋風たのしまむ
  どこからか姉来て坐る秋の風


 一句目は飄逸な詠みっぷりであるが、この「秋」はまたしても痛切に淋しい。二句目はそういう秋の風に浸ろうと言っているようである。そして故人である姉がふとどこからか現れる。

  手を入れて野川の春をそそのかす

 「そそのかす」が抜群にすばらしい。この世に生きていて何かをすれば世界が作用する。

  比較的あきらめのよき落椿

 およそ詩のことばとは思えない「比較的」がじつに効いている。

  病みて幾日吹雪くとは胸の中

 章の最後の句は7+5+5=17音。「雪は止んで」に始まり「吹雪く」で終わる。この句は「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る 芭蕉」の裏返しとなっていて、内面が外界をかけ廻るのではなく、内面は内面のまま吹雪いている。人生の最後の句集としてまとめたであろう『雨の樹』は、本句を挙句として終わる。

 

2017年2月3日金曜日

指揮棒によき濃りんどう

 清水径子『雨の樹』(角川書店、二〇〇一年)の続きで、III。
 
  いまものを言へばみぞれが雪になる

 章の最初の句。なんともファンタスティックな心象のものいいである。
 
  かの世から秋の夜長へ参加せり
  お彼岸のをみならはみな蝶であれ
  南風(みなみ)吹きはかなくなれり姉は草
  転生の直後水色野菊かな

 
 彼岸此岸を自在に行き来し、人でないものにさえ転生する自在な句境に達している。
 
  白夕立われも物質音立てる
  いい顔で睡てゐる月の列車かな


 二句目など、擬人法というよりは生命体と非生命体の間をも行き来する趣がある。

  濁世とは四、五日さくらじめりかな

 「濁世」は辞書的には、仏教で、濁り汚れた人間の世。末世。だくせ。それが「さくらじめり」だと言う。「さくらじめり」は辞書にない。辞書にはないが桜蘂を濡らすあの頃の万物に生命をもたらす雨のことだろう。濁世とはまさに生命のみなもとなのだ。

  浅き川なら足濡らす今日虚子忌

 虚子忌の四月八日はまた仏生会。灌仏の行事の故に発想は水に及ぶ。余談となるが「虚子の忌の大浴場に泳ぐなり 辻桃子」もそのひとつだろう。

  夢に見て紅い椿を折りにゆく
  折りとりて指揮棒によき濃りんどう


 いずれも濃い色の花を手折る句だが、「指揮棒によき」は夢というよりも狂気に近い妖しさがある。

  まだ生きてゐるから霜の橋わたる

 章の最後の句は、章の最初の句と呼応する趣がある。どこか口語めいた「いまものを言へば」に対し「まだ生きてゐるから」。「みぞれ」「雪」に対し「霜」。

2017年2月2日木曜日

大字(おおあざ)夏木立

 清水径子『雨の樹』(角川書店、二〇〇一年)の続き。本句集はI~IVの四章からなる。ひとつ前の記事でIの句を見たときには、全体を通じての特徴を把握したかったので敢えて順不同に取り上げたが、IIではなるべく作者が並べた順に取り上げたい。なおこのブログの常で最後まで読み終わる前に書くことを旨とし、序文、跋文、他の方の書かれた文献などは極力読まず伝記的な事実も無視し、ただ書かれた句に沿って読みたい。

  卯の花の一心不乱終りけり
  妄想の花咲く二人静かな
  桐の花半日遊び一日病む


 「…の花」で漢数字を伴った句が三句続く。「一心不乱」と言い「妄想」と言い、花への感情の仮託が続く。また章中、「青空よごす十一月を俯きて」「冬一日腹這ふと死が近く居る」などもあるので、いかに伝記的な事実を無視しようとしても病がちであったことは察しがつく。

  ああああと春のこころの塞ぎをる
  人の亡きあとの牛蒡をささがきに


 倦怠または死と対置する現実として、「牛蒡をささがきに」を持ってきた。料理は生命を維持するための忍耐強い地味な作業であるが、よりによって「牛蒡をささがきに」は絶妙である。

  めんどりはここここといふ夏の花
  華厳とよかなかなも樹も雨あがり


 塞ぎがちな句が並ぶ中で、一転して「ここここ」「かなかな」と続き、気分が上向く。

  左みて右みて遠し鬼薊
  鬼の色少し足りねど鬼薊


 一句目の「遠し」は何が遠いと言っているのだろう。交通標語のような「左みて右みて」からすると道路の向こうに鬼薊があって遠いと言っているようにも思えるが、二句目と並べると、どこか遠くの鬼がいる世界を夢見ているような気もしてきて怖い。
 
  大夕立あとの大字(おおあざ)夏木立
  青痣の榠樝と忍び笑ひせり


 大字は市区町村の区画であるが、それほどまでに大きい夏木立というのが、なんとも飄逸である。そして「大字」の次に「青痣」を並べてみせる。じつに可笑しい。

  落椿見付けられすぐ見捨てられ
  青簾たちまち吾れの無くなれり


 章の最後の二句は、「すぐ」に対し「たちまち」を並べている。ただの青簾なので、現実的には見えなくなるだけだが、この世からの消滅のイメージを重ねているに違いない。

2017年2月1日水曜日

雨の樹

 しばらく清水径子『雨の樹』(角川書店、二〇〇一年)について書く。作者は秋元不死男、永田耕衣に師事、耕衣没後『らん』を創刊。本句集は九十歳で上梓した第四句集。順不同で何句か見てみたい。

  露なんぞ可愛ゆきものが野に満つる

 巻頭句である。「露」は王朝和歌以来はかなきもののたとえに用いられるのが通例であるが、それを「なんぞ可愛ゆきもの」と捉えてみせる。本句により、以後冥界と幾たびも行き来することになる径子ワールドの扉を開ける。

  朝顔はさみしき色をとり出しぬ
  人滲むやうに菫はすみれいろ


 全体に植物あるいは色と取り合わせた句はかなり多い。それを基本的なトーンとして、心象の世界へ出入りするような進行となっている。


  白桔梗よりも古風な撫で殺し
  人間はまたも謝る月の下

  
 「撫で殺し」と言えば「撫で殺す何をはじめの野分かな 三橋敏雄」思い出さない訳にはいかないし、並べられたもう一句は広島の原爆死没者慰霊碑の「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」を踏まえた「あやまちはくりかへします秋の暮 三橋敏雄」をも思い出させる。奥付によればこの句集は二〇〇一年十二月二〇日発行で、三橋敏雄は先立つ同年十二月一日に亡くなった。訃報を聞いて句集に入れることはまず不可能な期間だと思うので、まさに「奇しくも」というところであろう。なおこの年の九月十一日にはアメリカで同時多発テロが起きている。
 とはいえ、社会で起きた事件と結びつけて読む必要もないし、三橋敏雄と結びつける必要もないのかもしれない。径子ワールドにおいて、死はどこかエロスをまとっている。

  亡弟と花を摘みます雪の暮
  あれは父あれも父かと雲の峰


 「亡弟と」の句は「人間は」の句の次で、雪の暮に摘む花などなかろうに故人が現れる妖気を帯びた句となっている。「あれは父」の句はだいぶ離れたところに置かれていて、故人を回想しているというよりは、天上からしきりにお迎えが来る趣である。

  菊といふ名の残菊のにひるかな
  春の野のどこからも見えぼへみあん
  うぐひすやまだ体内のあるこほる


 外来語はひらがなで表記される。一九一一年生まれの作者にとって自然なこととしてそうなのか、特殊な効果を狙ってのことなのかはさだかでない。さだかではないが、「にひる」といい「ぼへみあん」といい「あるこほる」といい、遠く懐かしい青春時代の甘くて切ない響きが感じられる。

  俤のまた吹きすさぶ芍薬忌
  忌のごとし泉にもある生(なま)夕暮


 「芍薬忌」はどなたか作者に近しい方の忌日なのか、架空の誰のでもある忌日の造語なのか。一方、ルビをふられた「生(なま)夕暮」は明らかに造語だろう。こんこんと湧く生命の根源のような泉が、「生(なま)夕暮」の時間帯には忌のようだという。なんという生と死の交錯。

  水の精かかときれいな葦の花 

 前後するが、「忌のごとし」の句の一句前に置かれた句。「葦」は「足」と掛詞になっていて、みずみずしくもなまめかしい。

  枯るるまでさ迷うて居る恋慕とは
  ほととぎす言葉みじかきほど恋し


 九十歳での句集であることにとらわれすぎてはいけないのだろうが、狂おしい。

  梟やこころ病まねど山坂がち
  欲望や都忘れのあたり過ぎ


 単純に狂おしいばかりではない。ヤマ、ヤマと韻を踏み、植物名には原義を掛ける。いろいろな技法が熟成し渾然一体となってあらわれる感がある。

  かの夜から菊の根分けを指図せり
  驢鳴集おぼろの雨戸しめかぬる


 『驢鳴集』は師・永田耕衣の句集。あたかも冥界との通信が途絶えないように雨戸をしめかねている風情がある。