清水径子『雨の樹』(角川書店、二〇〇一年)の続きで、IV。
雪は止んで一月真昼それから
章の最初の句は6+7+4=17音の破調。四音で打ち切られた「それから」の後に余情がある。
裏口に帰つてゐたり夏の月
月のぼるよと二階より声まぼろし
文学は真実である夏の月
春の月やさしき人と居る心地
二階にてもてなす春の月まんまる
月に濡れ森閑と樹の倒れをる
寝ころんでしばらく春の月と居る
「月」を詠んだ句がこの章には多々ある。全体として月にも人格があって、帰っていたりもてなしたりしばらく一緒にいたりする関係のようである。
白露(はくろ)けふ淋しきものに昼ご飯
「白露(はくろ)」は二十四節気のひとつで九月七日ごろ。そして「けふ」。暦が進んだだけで「昼ご飯」が痛切に淋しい。ただならぬ吐露である。
わたくしの電池を替へてみても秋
もう少し歩き秋風たのしまむ
どこからか姉来て坐る秋の風
一句目は飄逸な詠みっぷりであるが、この「秋」はまたしても痛切に淋しい。二句目はそういう秋の風に浸ろうと言っているようである。そして故人である姉がふとどこからか現れる。
手を入れて野川の春をそそのかす
「そそのかす」が抜群にすばらしい。この世に生きていて何かをすれば世界が作用する。
比較的あきらめのよき落椿
およそ詩のことばとは思えない「比較的」がじつに効いている。
病みて幾日吹雪くとは胸の中
章の最後の句は7+5+5=17音。「雪は止んで」に始まり「吹雪く」で終わる。この句は「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る 芭蕉」の裏返しとなっていて、内面が外界をかけ廻るのではなく、内面は内面のまま吹雪いている。人生の最後の句集としてまとめたであろう『雨の樹』は、本句を挙句として終わる。
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