2009年1月3日土曜日

モンポウ自作自演集

 スペインの作曲家、フェデリコ・モンポウによる1974年録音の自作自演集です。正直なところ作曲家のピアニストとしての力量が未知数だったので購入にあたりひどく躊躇したのですが、まったくの杞憂に過ぎませんでした。
 どの曲もモンポウならではの音数の少ない、減衰音の響きを生かした作品にふさわしい弾き方をしていて、まさに作曲家の頭の中で鳴っていたに違いないであろう音響となっています。ショパンの前奏曲(太田胃散のCMでも有名な曲)をテーマに12の変奏曲に仕立てた作品があるのですが、決して多くはない独特の音の付加によって、すっかりモンポウの世界に変貌してしまうさまは驚き以外のなにものでもありません。あろうことか第10変奏ではショパンの別の曲も登場しますが、そちらは聴いてのお楽しみということで。


凍星や書き遺されし減衰音 ゆかり

清澄庭園

 行く先も決めず初詣に行こうと思って家を出たのですが、着いたところは清澄庭園。ぜんぜん神社仏閣でない財閥系庭園というのもいいものです。はじめは豪商紀ノ国屋文左衛門の別邸、その後明治になって岩崎家の所有となったといいますから、そのへんの商売の神様よりご利益がありそうです。いえ、別にお参りに行ったのではなく、雪吊のある松をながめてぼんやりしたかっただけなのですけど。
 雪吊をよく見ると、下の方は枝に縄を直接結んでいるのではなく、竹竿をめぐらし、そこに縄を結んでいるのですね。上の方は支柱に結んであるのだし下も竹竿なので、雪吊の円錐状の縄はいっさい松に触れてなく、装飾用のダミーにしか見えません。雪の降らない東京だからそうなのか、雪国の雪吊もそうなのか、謎です。

冬園やまづ逆光の池を見む   ゆかり
雪吊の弦のふるへに風を知る

2009年1月2日金曜日

宮崎あおい

テレビは日頃「めざましテレビ」と「だんだん」くらいしか見ないので、今日の夕方だらだら観ていたさんまの番組ではじめて宮崎あおいさんの顔と名前が一致しました。ああ、オリンパスのカタログの美しい人はこの人だったんだ。デジタル一眼レフがほしいなあ。

二日には二日に届く電波かな ゆかり

2009年1月1日木曜日

明けましておめでとうございます。

 4年目の「みしみし」をよろしくお願い致します。

火星には火星の人の初茜 ゆかり

2008年12月31日水曜日

三島ゆかり二千八年五十句

高架から地下鉄に乗る淑気かな   ゆかり
春めくやいきなり路地を曲がる人
赤鬼とならずや桜蘂降れり
堀を切り船宿のあり鉄線花
軒下の彼方泰山木咲けり
そもそもは葉の色にして七変化
鰹塚あかく燃えたる黴雨入かな
引潮を急ぎ大川さみだるる
船長は雨合羽なり隅田川
広場から街の始まる大南風
堀終はるところに葭やさみだるる
さみだれや鳩の群れをる軒浅し
佃煮の鰻は高しさみだるる
大鳥居穴守稲荷さみだるる
軌道呑みモノレール来る梅雨晴間
軌道吐きモノレール去る夕薄暑
悪玉のはびこる腸や夕薄暑
魚屋の水浸しなる夜涼かな
夕焼や昔たばこの大看板
まづ沈む空母発つ機や阿波踊
夜の秋のラミパスルルル不二夫逝く
束ね髪通す穴ある夏帽子
飛ぶものは揚羽ばかりの山路かな
あらはなる実ぞ恥づかしき玉紫陽花
秋暑き麓の音のまづは犬
蟹のゐる水の臭ひや秋暑し
北島の号外もらふ残暑かな
落蝉は夜の舗道を打つてをり
あめつちのはじめに鰯雲ありき
ももんがのたひらをめざす秋の猫
角部屋の秋思は崖のごとく落つ
八分の一ほど人魚うろこ雲
がばがばとへうたん島の通貨かな
株分けの約束をする秋麗
足跡に降る新しき木の実かな
秋の日の暗がりこはき水族館
大胆な狛犬のある師走かな
クリスマス略し不動の商店街
猫ふとる生態系や冬木立
百態の幹や裸木立ち並ぶ
めらめらと焚火の中の漫画かな
五周目の罰の少女や冬木立
歯車で動く小春の遊園地
胃薬を飲む文豪や寒に入る
鏡文字時計や総合感冒剤
夜の川を渡る抗生物質かな
母のごと気管支拡張剤やさし
痰を切る包丁欲しき師走かな
ペンギンの行列ペンギンばかりなり
山眠る闇なるものに連なつて