ちょっと気分を変えてみたくて、こちらに引っ越しました。よろしくお願いいたします。
なお、前のところはすでに更地です。
秋の日を引越まへと同じうす ゆかり
2009年9月4日金曜日
室田洋子『まひるの食卓』
室田洋子はこしのゆみこと同じく「海程」所属。『まひるの食卓
』は第一句集。気に入った句を見て行きましょう。
十六夜や恋濃い故意と変換す 室田洋子
ちょっと前なら考えられなかったような俳句だし、何十年か後には技術革新によって意味不明な句になっているかも知れません。でも、まさに今のこの時代と、古風な季語との取り合わせはすてきです。
ダイヤモンドダスト何千カラットの嘘
気象現象に対してそのままダイヤモンドの単位をあてはめて「嘘」とまで言い切ったところがよいです。
さくらさくらどこでこの手を離しましょう
どこか別れを感じさせるのは、季語が背負った不吉さなのでしょうか。
いなびかり失恋体操しています
ほんとうにそんな体操があって、傷心をふりきるために励んでいる人たちが世界中にいるような気がしてきます。体操していると、いろいろなことがフラッシュバックするのです。
柚子どっさり小言みたいにもらいけり
ばくばく食べるようなものではないから、微妙なものがありますよね。
風信子ゆっくり響く長女です
「ゆっくり響く長女です」が素直な育ちを感じさせます。
待つというこころの握力冬木立
「こころの握力」という危うい表現を季語の斡旋が救っていると思います。
凪という厚ぼったい冬の舌なり
風の停止による感覚の変化を「厚ぼったい冬の舌」という曰く言い難い措辞にてしとめています。
おとこの体臭玉葱びっしり積まれ
うわあ。
ゆく秋の素描のような影を踏む
空気が澄んで影が濃くなった感じをとらえています。
花時のわたし溢れるお風呂かな
桂信子「窓の雪女体にて湯をあふれしむ」が業とか性とかを感じさせるのに対し、時代が変わったのか作者の性格なのか、こちらの場合まったくルンルンしています。
うたた寝の猫にわたしに木の実降る
「お風呂」の句もそうなのですが、この作者の句にはどこか健全な「わたしパワー」がみなぎっているのです。
ご飯というきれいなエネルギー白鳥来
そしてまさにどこか健全な「わたしパワー」の秘密としての「ご飯というきれいなエネルギー」。だめ押しのような季語の斡旋がよいです。
末黒野や水の味する水ください
これもどこか健全な「わたしパワー」のバリエーションとしてのナチュラル志向なのかも知れません。
仏蘭西の水飲む夫と恋の猫
そして「水の味する水」は仏蘭西製なのです。水というピュアなものに対し、「末黒野」「恋の猫」といったかなり強烈な季語を取り合わせてきたところに注目すべきでしょう。
途中からメール画面は花ふぶき
スクリーンセイバーでしょうか。これも数年後には意味不明になってしまう、今を捉えた句だと感じます。
朴落葉こっそり辞書を捨てました
あの大きな葉は隠しごとを容認してくれそうな気がしますよね。
空っ風鳥の名を持つ友を呼び
「ひばり」でしょうか。季語がすごく切迫した思いを感じさせます。
連翹やどこか短気なハングル文字
朝鮮連翹からハングルが出てきたのでしょうか。あの文字は確かにどこか短気な気がしますが、でもそれは「どこか」でしかなくて、季語がのんびりしていることからも伺えます。
恋猫に倒されている長男よ
がんばれ、長男くん! でも男性って結局のところ生き物として弱いのですよね。
昼寝覚わたしが魚だった頃
そんな感じってあります。
十六夜や恋濃い故意と変換す 室田洋子
ちょっと前なら考えられなかったような俳句だし、何十年か後には技術革新によって意味不明な句になっているかも知れません。でも、まさに今のこの時代と、古風な季語との取り合わせはすてきです。
ダイヤモンドダスト何千カラットの嘘
気象現象に対してそのままダイヤモンドの単位をあてはめて「嘘」とまで言い切ったところがよいです。
さくらさくらどこでこの手を離しましょう
どこか別れを感じさせるのは、季語が背負った不吉さなのでしょうか。
いなびかり失恋体操しています
ほんとうにそんな体操があって、傷心をふりきるために励んでいる人たちが世界中にいるような気がしてきます。体操していると、いろいろなことがフラッシュバックするのです。
柚子どっさり小言みたいにもらいけり
ばくばく食べるようなものではないから、微妙なものがありますよね。
風信子ゆっくり響く長女です
「ゆっくり響く長女です」が素直な育ちを感じさせます。
待つというこころの握力冬木立
「こころの握力」という危うい表現を季語の斡旋が救っていると思います。
凪という厚ぼったい冬の舌なり
風の停止による感覚の変化を「厚ぼったい冬の舌」という曰く言い難い措辞にてしとめています。
おとこの体臭玉葱びっしり積まれ
うわあ。
ゆく秋の素描のような影を踏む
空気が澄んで影が濃くなった感じをとらえています。
花時のわたし溢れるお風呂かな
桂信子「窓の雪女体にて湯をあふれしむ」が業とか性とかを感じさせるのに対し、時代が変わったのか作者の性格なのか、こちらの場合まったくルンルンしています。
うたた寝の猫にわたしに木の実降る
「お風呂」の句もそうなのですが、この作者の句にはどこか健全な「わたしパワー」がみなぎっているのです。
ご飯というきれいなエネルギー白鳥来
そしてまさにどこか健全な「わたしパワー」の秘密としての「ご飯というきれいなエネルギー」。だめ押しのような季語の斡旋がよいです。
末黒野や水の味する水ください
これもどこか健全な「わたしパワー」のバリエーションとしてのナチュラル志向なのかも知れません。
仏蘭西の水飲む夫と恋の猫
そして「水の味する水」は仏蘭西製なのです。水というピュアなものに対し、「末黒野」「恋の猫」といったかなり強烈な季語を取り合わせてきたところに注目すべきでしょう。
途中からメール画面は花ふぶき
スクリーンセイバーでしょうか。これも数年後には意味不明になってしまう、今を捉えた句だと感じます。
朴落葉こっそり辞書を捨てました
あの大きな葉は隠しごとを容認してくれそうな気がしますよね。
空っ風鳥の名を持つ友を呼び
「ひばり」でしょうか。季語がすごく切迫した思いを感じさせます。
連翹やどこか短気なハングル文字
朝鮮連翹からハングルが出てきたのでしょうか。あの文字は確かにどこか短気な気がしますが、でもそれは「どこか」でしかなくて、季語がのんびりしていることからも伺えます。
恋猫に倒されている長男よ
がんばれ、長男くん! でも男性って結局のところ生き物として弱いのですよね。
昼寝覚わたしが魚だった頃
そんな感じってあります。
2009年9月3日木曜日
こしのゆみこ『コイツァンの猫』6
ところが、時系列を喪失し定型が不統一で夢見がちに寝てばかりいるのかというと、ここぞというところでは、ちゃんと月の座と花の座に相当するものがあって、勝負に出ているのです。
はじめに月の座、句集どおりの順番で十二連発。
眠り猫からだまるごと無月かな こしのゆみこ
無意識が時計をはずす二日月
満月の肘の出ている二階かな
満月の真水は底を抜こうとする
跳躍の人ふりむけば満月ぞ
十六夜の積み木は聳え崩れない
激怒して月の照る音の中にいる
刺繍糸のあおのいろいろ二十三夜月
手枕の父を月光ふりしきる
月の木に上りし猫の飛びたてり
月入れてわが部屋大きくなりにけり
水の月さっきこわした花のかけら
次に花の座、句集どおりの順番で十三連発。
花の旅汽車はふるさと通り越す
兎島桜の色となりにけり
姉妹桜の中をながれゆく
口車花時にのる楽しさよ
千年の桜の中に手を入れる
学校をはみ出す桜海に舞う
桜ごと帽子ごと姉はいなくなる
鍵穴の錆のかまわず桜咲く
少年がシュートするたび桜咲く
びしょぬれの桜でありし日も逢いぬ
いたくないかたちに眠る花月夜
泣きやみし帰りは桜咲いている
半島や力をぬいて遅桜
いずれもこしのゆみこならではの月の座、こしのゆみこならではの花の座をかたちづくっていて圧巻です。
はじめに月の座、句集どおりの順番で十二連発。
眠り猫からだまるごと無月かな こしのゆみこ
無意識が時計をはずす二日月
満月の肘の出ている二階かな
満月の真水は底を抜こうとする
跳躍の人ふりむけば満月ぞ
十六夜の積み木は聳え崩れない
激怒して月の照る音の中にいる
刺繍糸のあおのいろいろ二十三夜月
手枕の父を月光ふりしきる
月の木に上りし猫の飛びたてり
月入れてわが部屋大きくなりにけり
水の月さっきこわした花のかけら
次に花の座、句集どおりの順番で十三連発。
花の旅汽車はふるさと通り越す
兎島桜の色となりにけり
姉妹桜の中をながれゆく
口車花時にのる楽しさよ
千年の桜の中に手を入れる
学校をはみ出す桜海に舞う
桜ごと帽子ごと姉はいなくなる
鍵穴の錆のかまわず桜咲く
少年がシュートするたび桜咲く
びしょぬれの桜でありし日も逢いぬ
いたくないかたちに眠る花月夜
泣きやみし帰りは桜咲いている
半島や力をぬいて遅桜
いずれもこしのゆみこならではの月の座、こしのゆみこならではの花の座をかたちづくっていて圧巻です。
2009年9月2日水曜日
こしのゆみこ『コイツァンの猫』5
夢のように漂う こしのワールドの登場人物は、じっさいよく寝ます。
さみだれや猫の話で眠ってゆく こしのゆみこ
昼寝する父に睫のありにけり
ころりころりこどもでてくる夏布団
少し遅れ家族の昼寝にくわわりぬ
昼寝する指は望みをつかみそう
だいどこのおとはまぼろしひるねざめ
したたりのことりと鳴りて目の覚める
「昼寝する~」から「~目の覚める」までは、句集の配列そのままの昼寝六連発です。ひらがなのみで記述された「だいどこのおとはまぼろしひるねざめ」の夢うつつな感じな感じをみていると、「こしのゆみこ」というひらがな表記さえ夢うつつに思われてきます。冗談はさておき「したたりのことりと鳴りて目の覚める」の表記のにくいこと、目が覚めるに従って漢字が増えてゆきます。
しばらくおいて、昼寝/睡眠の句はまた出てきます。
くつひものほどけしごとき昼寝かな
仕舞湯のごとく昼寝のおわらない
昼寝覚なくなっている恋心
門番は午睡の時間ゆるされて
捕虫網のゆらゆらとある寝入りばな
昼寝する君の背中に昼寝する
葉っぱ鳴って人ら眠りぬ夏木立
サングラス眠りし口のあどけなく
ひとりずつ部屋を出て行く熱帯夜
寝返りを打つたび見える滝の筋
夏座敷寝返っても寝返ってもひとり
季節が変わっても、お構いなしに眠り続けます。
眠り猫からだまるごと無月かな
露つけて帰りし姉の深く眠る
雪音のやがて耳から眠ってゆく
冬日向眠り続ける犬の親
桃咲いてぼおんぼおんと人眠る
いたくないかたちに眠る花月夜
ますます夢のようなこしのワールドなのです。
さみだれや猫の話で眠ってゆく こしのゆみこ
昼寝する父に睫のありにけり
ころりころりこどもでてくる夏布団
少し遅れ家族の昼寝にくわわりぬ
昼寝する指は望みをつかみそう
だいどこのおとはまぼろしひるねざめ
したたりのことりと鳴りて目の覚める
「昼寝する~」から「~目の覚める」までは、句集の配列そのままの昼寝六連発です。ひらがなのみで記述された「だいどこのおとはまぼろしひるねざめ」の夢うつつな感じな感じをみていると、「こしのゆみこ」というひらがな表記さえ夢うつつに思われてきます。冗談はさておき「したたりのことりと鳴りて目の覚める」の表記のにくいこと、目が覚めるに従って漢字が増えてゆきます。
しばらくおいて、昼寝/睡眠の句はまた出てきます。
くつひものほどけしごとき昼寝かな
仕舞湯のごとく昼寝のおわらない
昼寝覚なくなっている恋心
門番は午睡の時間ゆるされて
捕虫網のゆらゆらとある寝入りばな
昼寝する君の背中に昼寝する
葉っぱ鳴って人ら眠りぬ夏木立
サングラス眠りし口のあどけなく
ひとりずつ部屋を出て行く熱帯夜
寝返りを打つたび見える滝の筋
夏座敷寝返っても寝返ってもひとり
季節が変わっても、お構いなしに眠り続けます。
眠り猫からだまるごと無月かな
露つけて帰りし姉の深く眠る
雪音のやがて耳から眠ってゆく
冬日向眠り続ける犬の親
桃咲いてぼおんぼおんと人眠る
いたくないかたちに眠る花月夜
ますます夢のようなこしのワールドなのです。
2009年9月1日火曜日
こしのゆみこ『コイツァンの猫』4
時間軸の喪失とともに、こしのワールドで特徴的なのは句型の不統一です。不統一なので逆に切れ字を使用している句が意外と多いことに驚いたりもします。
一階に母二階時々緑雨かな こしのゆみこ
さみだれや猫の話で眠ってゆく
昼寝する父に睫のありにけり
泳いできし耳にあふれる故郷かな
鈴のよく鳴りし裸のありにけり
くつひものほどけしごとき昼寝かな
親戚にぼくの如雨露のありにけり
女から乗せるボートのゆれにけり
このような句だけを取り出すと一見こしのゆみこが形式を守っている俳人のようにも思えるのですが、ぜんぜんそんなことはありません。「こしのゆみこは今でも指を折りながら俳句を作っている」というまことしやかな噂を耳にしたことがありますが、こしのワールドの中では、以下のような句がお構いなしに混在して存在感を放っています。
後退る背泳かなしい手をあげる
夏寒き父仁丹のひかりのみこむ
夏座敷父はともだちがいない
おばさんのような薔薇園につかれる
そらからねぶへ猫のびたりちぢんだり
熱帯魚の向こう恋人が小さい
えのころやかばんの傷が見えなくなった
林檎むく左手カランと鳴らすみたい
巻毛(カール)のなかのからまつ黄葉とってあげる
木の実なんだかいらなくなってにぎっている
時間軸の喪失と句型の不統一によって、こしのワールドは夢のように漂っているのです。
一階に母二階時々緑雨かな こしのゆみこ
さみだれや猫の話で眠ってゆく
昼寝する父に睫のありにけり
泳いできし耳にあふれる故郷かな
鈴のよく鳴りし裸のありにけり
くつひものほどけしごとき昼寝かな
親戚にぼくの如雨露のありにけり
女から乗せるボートのゆれにけり
このような句だけを取り出すと一見こしのゆみこが形式を守っている俳人のようにも思えるのですが、ぜんぜんそんなことはありません。「こしのゆみこは今でも指を折りながら俳句を作っている」というまことしやかな噂を耳にしたことがありますが、こしのワールドの中では、以下のような句がお構いなしに混在して存在感を放っています。
後退る背泳かなしい手をあげる
夏寒き父仁丹のひかりのみこむ
夏座敷父はともだちがいない
おばさんのような薔薇園につかれる
そらからねぶへ猫のびたりちぢんだり
熱帯魚の向こう恋人が小さい
えのころやかばんの傷が見えなくなった
林檎むく左手カランと鳴らすみたい
巻毛(カール)のなかのからまつ黄葉とってあげる
木の実なんだかいらなくなってにぎっている
時間軸の喪失と句型の不統一によって、こしのワールドは夢のように漂っているのです。
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