2015年12月25日金曜日

七吟歌仙 着ぶくれての巻

掲示板で巻いていた連句が満尾。

   着ぶくれて高き塔指す異郷かな      ぽぽな
    目抜通りの幅を木枯          ゆかり
   舌先で舐める奥歯の痛みゐて        なな
    秋の出水に耐へし石橋        まにょん
   月明に近づいて来る杖の音         苑を
    蛇はそろりと馴染の穴へ         玉簾
ウ  朗読の女人白石加代子なる         媚庵
    体の奥に渦を巻く薔薇           ぽ
   とめどなくあふるるゆめのやうなもの     り
    犬が咥へてなほやはらかく         な
   聖霊の御名を讃へて切る十字         ん
    ハモれば無敵なるシスターズ        を
   どの鳥の羽根をシャッポに飾らうか      簾
    駅馬車に乗る客十五人           庵
   どこからか銃声聞こえ冴返る         ぽ
    ひかる恋猫はしる恋猫           り
   雨はらりはらりと花になりたれば       な
    伝説を生む欠けたる茶碗          ん
ナオ リア充のDIYで日が暮れて         を
    つまんでひいて電気をつけて        簾
   また同じ顔ぶれ並ぶバラエティ        庵
    宇宙船には蜜柑ただよふ          ぽ
   ことごとく手を船長の女癖          り
    カーネルサンダースのやうな髭       な
   斑鳩のぽつくり寺へ参拝す          ん
    少女漫画に耽溺の日々           を
   目の中に流星を飼ふ人ばかり         簾
    九九唱へれば銀色の月           庵
   兄妹の河童かほ出す秋の沼          ぽ
    胡瓜夫人の骨あらはなる          り
ナウ しづかなる螺旋階段踏みしめて        な
    絵紙に残る麒麟鳳凰            ん
   地吹雪に忽然と村ひとつ消ゆ         を
    いつ鳴かうかと暦読む亀          簾
   達磨にも招き猫にも花明かり         ぽ
    山が笑へば世界も笑ふ           庵


起首:2015年11月29日(日)
満尾:2015年12月25日(金)
捌き:ゆかり

2015年12月14日月曜日

(1) 福笑いのように

 お正月と云えば炬燵を囲んで福笑いに興じたことを思い出す人も多いことだろう。顔の輪郭を描いた紙の上に目隠しをした子が目、鼻、口を並べてゆき、できあがった変な顔を面白がるという単純な遊びではあったが、おさなごころに偶然の快楽ともいうべきものを強烈にインプットされたのだった。

 さて、俳句である。袋回しという遊びをやったことがある人も多いだろう。五人なら袋を五つと短冊をたくさん用意して一題ずつ袋に題を書き、五分とか時間を決めたら後はひたすら全員で自分の手許の袋の題で時間内にできる限り句を作って短冊を袋に入れ、五分経ったら隣の人に袋を回し、というのを一巡するまで繰り返す。そのような追い詰められた状況の中から、なんでそんな句ができたのか自分でも分からないような名句ができることがある。なまじ考えると、人はマンネリズムに陥りやすい。語の思いがけない衝突を「とりあはせ」として重んじる俳句においては、偶然をあなどってはいけないのだ。その考えをさらに発展させると、コンピューター・プログラミングというテクノロジーを利用して、客観的、散文的に意味をくみ取ることができない語の連なりをランダムに無尽蔵に作り出そうという試みに至る。俳句自動生成ロボット「はいだんくん」の誕生である。

 手始めに句型の雛形をいくつか用意して、そこに季語や名詞をランダムに流し込んでみよう。

 ①ララララをリリリと思ふルルルかな
 ②ララララがなくてリリリのルルルかな
 ③ララララのリリララララのルルルルル
 ④ララララにリリのルルルのありにけり
 ⑤ララララにしてリリリリのルルルルル

などいくつかの句型の「ララララ」とか「リリリ」に音数だけ合わせ意味を無視してランダムに名詞や新年の季語を流し込むとこんな句が生まれる。

  あかるさを今年と思ふ烏かな  はいだんくん
  をととひがなくてつぎめの年男
  正月の影正月の水あかり
  身長に去年の昭和のありにけり
  しろがねにして真空の鏡餅

 私は一年中こんな福笑いみたいなことをしている。

(『俳壇』2016年1月号(本阿弥書店)初出)