2019年12月31日火曜日

不定期刊連句誌『みしみし』第二号発売

不定期刊連句誌『みしみし』第二号を6月9日に発売しました。
第二号は2年前に巻いた大岡信追悼連句その他二巻とその連衆17名による新作を掲載しています。大岡信追悼連句といえば、今年一月に発売された岡野 弘彦、三浦雅士、長谷川櫂『歌仙 永遠の一瞬』(思潮社)がありますが、ぜひその隣に併せて並べて頂きたい一冊となっています。

【内容】
・大岡信追悼脇起し七吟歌仙 覆へるともの巻
・七吟歌仙 ゆふぐれにの巻
・七吟歌仙 宙に日のの巻
・上記三巻の評釈
・連衆作品(敬称略)
 堀本吟、伸太、田中槐、羽田野令、藤原龍一郎、なかはられいこ、
 小林苑を、佐藤りえ、高松霞、なかやまなな、岡村知昭、岡田一実、
 西生ゆかり、くらげを、田中義之、柏柳明子、三島ゆかり
・大岡信と連句
・連句骨子(三十六歌仙)

 定価千円(送料、消費税込み)
 お申し込みはofficemisimisiアットマークまで。
(アットマークは@に変えて下さい)

以下の書店様、古書店様でもお取り扱い頂いています(ほぼ北から順。創刊号とは増減がありますのでご注意願います)。

札幌のがたんごとんさん、明大前の七月堂古書部さん、松本の栞日さん、京都の三月書房さん、London Booksさん、梅田の蔦屋書店さん、神戸元町の1003さん、福岡の本のあるところ ajiroさん、松山の本の轍さん、古書ほやけん洞さん。

2019年6月22日土曜日

七吟歌仙 日傘さしの巻

   日傘さし一個の点となりにけり       茱萸
    遠近法で続く万緑           ゆかり
   地球儀の海のあたりに耳あてて      小奈生
    やがて安らぐしろい神経         四羽
   自転車で遅番に行く月明り         媚庵
    薄原より魔女の飛び立ち          恵
ウ  カプセルに遺骨を詰める暮の秋       桐子
    等身大のベティ・デイヴィス        萸
   値札ある水族館を冷やかして         り
    降れば降るほど逢ひたいと言ふ       生
   夜の土に二人で下りて落書きし        羽
    ヘリコプターがよぎる寒空         庵
   着膨れて左手重きサイコガン         恵
    夜が足りない緞帳の裏           子
   初凪の岬を一周廻る猿            茱
    灯台しろくうららかにして         り
   バザールのベルベル人と花の下        生
    おほきな箱に蝶がびつしり         羽
ナオ モニターに迷彩服のやくみつる        庵
    渋谷スクランブル交差点          恵
   うつすらと火薬匂ひて月涼し         子
    赤い貼絵にいそしむ画伯          萸
   ポルシェとかボリシェヴィキとか走り抜け   り
    微調整する景気判断            生
   裏切の宇宙怪獣やるせなし          羽
    じゃがたら芋を大鍋に煮る         庵
   水澄みて洗濯板の硬き音           恵
    こめかみの奥きつつきの来て        子
   体幹は洞となり果て後の月          萸
    遠めがねにて見やる行くすゑ        り
ナウ しんしんと雪の音聞くカテドラル       生
    二十世紀の冬帽傾ぐ            羽
   蒼穹に輪を描くブルーインパルス       庵
    赤で記せし恋猫の地図           恵
   あしあとにひかり生まれる花の朝       子
    みんな似てゐる四月の子ども        萸

起首:2019年 5月27日(月)
満尾:2019年 6月20日(木)
捌き:ゆかり

2019年5月20日月曜日

七吟歌仙 宙に日のの巻 評釈

   宙に日のさざなみの浮く若葉かな    一実
 発句は大胆な措辞により、光のゆらめきを感じる若葉の頃だ、と高らかに詠み上げてすがすがしい。若葉がわずかに揺れているのだろう。

   宙に日のさざなみの浮く若葉かな    一実
    金管の音を運ぶ薫風         三島
 脇は発句の光のありようを「金管」で引き受けて音に変換し、発句では言外に感じさせるにとどめていた風に運ばせることで挨拶とした。

    金管の音を運ぶ薫風         三島
   バンダナを載せれば鼻の大きくて    西生
 第三である。発句と脇で交わす叙景の雰囲気を破り、唐突にふわりとバンダナが舞って、はみ出した鼻がクローズアップされる。かなりいたずらっぽい第三で、表六句でなければここから恋に展開することだってできただろう。

   バンダナを載せれば鼻の大きくて    西生
    砂に水脈引くひとこぶらくだ   くらげを
 前句の「鼻」から「ひとこぶらくだ」が導かれたのだろう。「砂に水脈引く」がシュルレアリスム絵画のように印象的である。

    砂に水脈引くひとこぶらくだ   くらげを
   イヤフォンをはづし降り立つ月の庭  れいこ
 月の座である。そのまま付けると童謡「月の沙漠」になりかねないので、「イヤフォンをはづし」という手の込んだ設定としている。打越に「鼻」があって「イヤ」でいいのかという声も聞こえてきそうだが、身体部位を詠んでいるわけではないのでよしとする。

   イヤフォンをはづし降り立つ月の庭  れいこ
    骨にも見えるもみぢ葉の色      義之
 月下に見る紅葉は無彩色で骨のようだ、という季語を無効化する使い方で秋の句を続けている。発句が「若葉」なのに「もみぢ葉」でいいのかという声も聞こえてきそうだが、景がぜんぜん違うのでよしとする。

    骨にも見えるもみぢ葉の色      義之
ウ  踊子の闇ゆるやかに翻し       あんこ
 前句の静謐なイメージに対し、「踊子」に転じている。「闇ゆるやかに翻し」がなんとも官能的な描写である。ここまで秋。
 
   踊子の闇ゆるやかに翻し       あんこ
    背と背合はせて汗を合はせて      実
 男女による激しい踊りのようでもあり、愛の営みのようでもある。

    背と背合はせて汗を合はせて      実
   折り紙のどうぶつふたつ横たはる     島
 前句の「背と背合はせて」から「折り紙」が導かれつつ、愛の営みの終わりのように果てている。

   折り紙のどうぶつふたつ横たはる     島
    何か出てゐる単三電池         生
 前句の「折り紙のどうぶつ」から子ども部屋的なイメージを下敷きにしつつ、塩を吹いているのか液漏れしているのかの単三電池を通じ、幼年時の記憶から消し去ることのできない不気味な異変を詠んでいる。

    何か出てゐる単三電池         生
   まちがへて枯野に歩くピエロをり     を
 前句までの室内のイメージを離れ、「枯野」に転じている。「まちがへて」というのは、転調のためのそうとうなパワーワードである。

   まちがへて枯野に歩くピエロをり     を
    行方知れずの兄に凍月         れ
 月の座である。前句で「枯野」が出たので冬の月としている。連句を巻いていると、意図的であろうとなかろうとその時の実社会の動きや放映していたドラマなどが暗黙の共通理解として入り込んでくる。「行方知れずの兄」に、連続テレビ小説「なつぞら」に登場する、タップダンスの得意な兄のイメージが重なる。

    行方知れずの兄に凍月         れ
   逃亡者逃げる相手が分からない      之
 「逃げる相手が分からない」という不条理さは、連句の全体構成の中では初折裏、名残表のいわゆる「あばれどころ」ならではのもので、スピード感をもって意味のしがらみから逃れている。

   逃亡者逃げる相手が分からない      之
    倫敦橋に雨のそぼ降る         あ
 いったん叙景により沈静化させている。ずいぶん遠くまで逃げたものだ。

    倫敦橋に雨のそぼ降る         あ
   秒針の進みの淀むゆふべ来て       実
 観光名所つながりで前句「倫敦橋」からビッグベンが導かれたものか。「秒針の進みの淀む」という捉え方がなんとも俳である。

   秒針の進みの淀むゆふべ来て       実
    跳んでは跨ぐ歯車の部屋        島
 『ルパン三世 カリオストロの城』的なドタバタで付けている。

    跳んでは跨ぐ歯車の部屋        島
   ポイントを貯めれば花の咲くらしく    生
 花の座であるが、それどころではないらしい。ファミコンかなにかに夢中のようである。こんなふうに花の座をやり過ごすのも、ときには楽しい。

   ポイントを貯めれば花の咲くらしく    生
    五十五倍の春嵐来よ          を
 七七の韻律に乗せるために選ばれたであろう「五十五倍」というポイント加算がなんとも半端で可笑しい。花の座をやり過ごしたことに対して、捌き人を代弁するかのように試練を与えている。

    五十五倍の春嵐来よ          を
ナオ 草餅のにほひをさせて姑が        れ
 ここから名残表。あばれどころはまだまだ続く。「五十五倍の春嵐」から「姑」が導かれている。花の座からここまでが春の句。

   草餅のにほひをさせて姑が        れ
    お手玉をする双子の姉妹        之
 嫁の心中など知るよしもなく、「草餅」につられて娘たちがお手玉を披露している。初折裏六句目に「兄」があるが、障るものでもなかろう。

    お手玉をする双子の姉妹        之
   歩くたび夢の廊下は長くなり       あ
 言われてみれば確かに前句の全体が夢のなかのできごとのようではある。うまく雰囲気をすくい上げて付けている。

   歩くたび夢の廊下は長くなり       あ
    戦争の顔やはら見えたる        実
 廊下とくれば「戦争が廊下の奥に立つてゐた 白泉」だろう。「やはら」は現代語では「やおら」で、そっと、静かに、ゆっくりとの意。

    戦争の顔やはら見えたる        実
   膝上の猫あやしつつ意を決す       島
 007シリーズには、猫を膝の上であやす悪役の首領が登場する。検索すると、エルンスト・スタヴロ・ブロフェルドというらしい。前句とは裏腹に、初期のシリーズでは猫のみがクローズアップされ決して顔が映されなかったのが印象的だった。

   膝上の猫あやしつつ意を決す       島
    ラジオネームは準未成年        生
 意を決したのはラジオ番組への投稿だったのか。打越「戦争」とのあまりの落差が可笑しい。

    ラジオネームは準未成年        生
   甲板に雪積んで往ぬ烏賊漁船       を
 ずいぶん遠い付けだが、甲板に雪を積んでいるくらいだから操業中ではないのだろう。漁場に着くまではラジオをがんがん鳴らしているのだろうか。

   甲板に雪積んで往ぬ烏賊漁船       を
    みやげに貰ふ一澤帆布         れ
 船つながりで「一澤帆布」が導かれている。先代の死去後相続問題があったが、検索したところ現在は「一澤帆布製」「信三郎帆布」「信三郎布包(かばん)」の三ブランドで展開している由。

    みやげに貰ふ一澤帆布         れ
   なつかしき北野祭の初デート       之
 「なつかしき」というのはブランド分裂以前くらいに思いを馳せているのだろう。「北野祭」は八月四日に開かれる京都北野天満宮の祭。ふたたび恋の座。

   なつかしき北野祭の初デート       之
    囁きあへる黄昏の列          あ
 祭なので、どっと繰り出し列をなしているのである。「囁きあへる」とあるが、実際にはかなりの大声を出しても途切れ途切れだったに違いない。

    囁きあへる黄昏の列          あ
   月影のまどかに満ちて海を引き      実
 月の座で恋は終わる。若者よ、「月がきれいですね」とちゃんと言ったのか。連句の進行をいったん離れ、ここまでの岡田一実の句を振り返ると、「宙に日のさざなみの浮く若葉かな」における「さざなみの浮く」、「秒針の進みの淀むゆふべ来て」における「進みの淀む」、本句における「海を引き」など、ある対象を単に詠むのではなく、それが時空にどのように影響を及ぼしているかを、大胆な措辞で捉えているのが分かる。じつに刺激的である。

   月影のまどかに満ちて海を引き      実
    夜長を走る作曲のペン         島
 しばらく屋外の句が続いたので、室内に転じている。ベートーヴェンもドビュッシーも超える曲が今さら書けるというのか。

    夜長を走る作曲のペン         島
ナウ 敗荷は秘密のやうにゆるやかに      生
 不思議な付けである。「秘密のやうにゆるやかに」自体がひとつの世界観の提示だとさえ言える。咲き誇っていた蓮も季節がめぐればくたくたの敗荷となるのだが、それは秘密がいつしか秘密ではなくなる「やうに」ゆるやかになのか。ものすごい直喩である。そして前句との付けはどうなのか。時の流れの中で、創作の秘密などなにもない、とまで言い放っているのか、この句は…。

   敗荷は秘密のやうにゆるやかに      生
    逝き残りたる吾とぞ思ふ        を
 前句「敗荷」に自身を仮託している。秘密を巡りとんでもない悔恨があるのだろう。

    逝き残りたる吾とぞ思ふ        を
   休日のバス乗り継いで古書店へ      れ
 生きているうちにやらないといけないと決めた調べものがあるのだろうか。余生を楽しむ古書店めぐりとは違う切迫感が「休日のバス乗り継いで」から感じられる。

   休日のバス乗り継いで古書店へ      れ
    夢判断を道標とし           之
 前句から感じられる切迫感は夢判断によるものだったのだ。ところで名残表三句目に「歩くたび夢の廊下は長くなり」がある。離れているとはいえ、夢を媒介して大抵のものは行き来できるので、一巻に二回も「夢」が出てくるのはさすがに捌き人の失策だろう。
 
    夢判断を道標とし           之
   鳥居よりあふれてゐたる花の雲      あ
 お告げめいた前句の「夢判断」から「鳥居」が導かれているのだろうが、鳥居を枠と捉え「鳥居よりあふれてゐたる」とした構図の組み立てがよい。初折裏の花の座をあっさり捨てた分、ここで見事に取り返している。

   鳥居よりあふれてゐたる花の雲      あ
    紋白蝶は空の高みへ          実
 唐突な構造物である前句「鳥居」の垂直性を生かして、広がりのある挙句となっている。

2019年5月16日木曜日

七吟歌仙 宙に日のの巻

   宙に日のさざなみの浮く若葉かな    一実
    金管の音を運ぶ薫風         三島
   バンダナを載せれば鼻の大きくて    西生
    砂に水脈引くひとこぶらくだ   くらげを
   イヤフォンをはづし降り立つ月の庭  れいこ
    骨にも見えるもみぢ葉の色      義之
ウ  踊子の闇ゆるやかに翻し       あんこ
    背と背合はせて汗を合はせて      実
   折り紙のどうぶつふたつ横たはる     島
    何か出てゐる単三電池         生
   まちがへて枯野に歩くピエロをり     を
    行方知れずの兄に凍月         れ
   逃亡者逃げる相手が分からない      之
    倫敦橋に雨のそぼ降る         あ
   秒針の進みの淀むゆふべ来て       実
    跳んでは跨ぐ歯車の部屋        島
   ポイントを貯めれば花の咲くらしく    生
    五十五倍の春嵐来よ          を
ナオ 草餅のにほひをさせて姑が        れ
    お手玉をする双子の姉妹        之
   歩くたび夢の廊下は長くなり       あ
    戦争の顔やはら見えたる        実
   膝上の猫あやしつつ意を決す       島
    ラジオネームは準未成年        生
   甲板に雪積んで往ぬ烏賊漁船       を
    みやげに貰ふ一澤帆布         れ
   なつかしき北野祭の初デート       之
    囁きあへる黄昏の列          あ
   月影のまどかに満ちて海を引き      実
    夜長を走る作曲のペン         島
ナウ 敗荷は秘密のやうにゆるやかに      生
    逝き残りたる吾とぞ思ふ        を
   休日のバス乗り継いで古書店へ      れ
    夢判断を道標とし           之
   鳥居よりあふれてゐたる花の雲      あ
    紋白蝶は空の高みへ          実


起首 二〇一九年五月 三日(金)
満尾 二〇一九年五月一六日(木)
捌き 三島ゆかり

2019年5月6日月曜日

川柳スパイラル

昨日は川柳スパイラル。第一部は「八上桐子句集『hibi』を読む」。なんの予備知識もなく聞いていたが、ひらがな表記の茫洋としたやわらかさが沁みわたる。「癒やし系川柳」なんてことばがあるのかどうか知らないけれど、あるとすればそれはこれだ。

おとうとはとうとう夜の大きさに 八上桐子
からだしかなくて鯨の夜になる 
川沿いに来るえんとつの頃のこと
はちみつを透かすと会える遠い猫
くちびると闇の間がいいんだよ


第二部は句会。十句出しで取られたのは以下。

うっすらと積もる記憶のような羽 三島ゆかり
昼下がりの電車が運ぶ五月
多摩川を渡るような東京脱出

2019年5月2日木曜日

七吟歌仙 ゆふぐれの巻 評釈

 今回、捌いている最中に句またがりについてと、一句の中の二物衝撃的切れについてはあまりつべこべ言わなかった。それでよかったのか、よくなかったのか、まだ分からない。

   ゆふぐれに花の点るや彼岸寺     苑を

 普通にみれば、いろいろな意味で突っ込みどころのある句である。
花の座というものがある連句の発句として「花」を出すこと、神祇釈教は避ける表六句において「寺」を出すこと、「花」と「彼岸」が季重なりであること、その「彼岸」と「寺」を結合し「彼岸寺」という造語としたこと…。だが、当事者にしてみれば差替不能な万感の句なのだろう。発句は当季で詠むものだが、寺が作者の生活空間であることを知れば、どっと押し寄せるお彼岸の墓参客が一段落した夕暮れが格別なものであることが理解できるはずだ。特殊な多忙状況を凝縮して「彼岸寺」とし、その対極をひらがなで「ゆふぐれ」とゆったり描いたのはじつに適切だし、昼間から咲いていたかも知れないのだが、そのような「ゆふぐれ」だから気づくことができた開花なのだ。ついでにいうと「点る」は苑をさんの句集のタイトルでもある。いわば特別がここに集まった発句なのである。

   ゆふぐれに花の点るや彼岸寺     苑を
    亀鳴くこゑと豆腐屋の笛     ゆかり

 脇はそんなゆふぐれの彼岸寺に音声情報を添え挨拶とした。結界の内側としての「亀鳴くこゑ」と結界の外側としての「豆腐屋の笛」である。

    亀鳴くこゑと豆腐屋の笛     ゆかり
   風船は水玉模様おほきくて      りゑ

 第三は発句と脇の挨拶から離れ、連句としての展開の始まりとなる。なんとも大らかで明るい景を感じるが、水玉模様の風船を現実に見たことはないような気がする。ここまでが春。

   風船は水玉模様おほきくて      りゑ
    背丈の順の列を見送る        霞

 遠足だろうか、入学式だろうか。学年で束ねられてもまだ成長の差が著しい園児もしくは低学年の学童を思い浮かべる。

    背丈の順の列を見送る        霞
   乗り過ごすことなく浴びる月明り   なな

 「乗り過ごす/ことなく浴びる/月明り」で五七五だが、意味の切れ目は「乗り過ごすことなく/浴びる月明り」だし「乗り過ごすこと」の七音で切れるようにも錯視するので、これまではこの手の句は駄目出ししていたような気がする。乗り過ごすことなく月明りを浴びているのは見送った方の大人だろうか。なお、打越は「
風船は水玉模様」と丸いものであるが、「月明り」とすることによりかたちを意識させず打越に障ることを回避している。
 
   乗り過ごすことなく浴びる月明り   なな
    パチンコ屋からつづく穭田      令

 うっかり乗り過ごすこともなく下車して月明を浴びているのは、今どきの田園風景の中なのだろう。水田を売り払ってできたパチンコ屋に隣接してまだ残る田が折しも穭田となっている。


    パチンコ屋からつづく穭田      令
ウ  いちやう散る健忘症と言はれたる   知昭

 月の座からここまでが秋の句で、ここから初折裏であばれどころとなる。この句は俳句として見れば「いちやう散る/健忘症と言はれたる」という切れを持つ二物衝撃の句であるが、連句なので全体をひとつとして捉え、前句との付け具合を味わう必要がある。パチンコの玉がじゃんじゃんばりばり奈落に落ちるように、眼前では銀杏の葉が散り、私の脳内では記憶が欠落して行く、というさまか。あばれどころの幕開けはなかなか自虐的である。

   いちやう散る健忘症と言はれたる   知昭
    ふいに目覚めて問ふ君の名は        を

 前句「健忘症」に対し「君の名は」で付けている。ここから恋の座。目覚めるととなりに知らない異性が寝ているというよくあるパターンは何が発祥なのだろう。

    ふいに目覚めて問ふ君の名は        を
   解読はできないけれどたぶん愛     り

 外国人もしくは地球外生物という設定で付けている。「たぶん愛」は「愛の水中花」の歌詞の一節。これを巻いていた頃はまだ連続テレビ小説『まんぷく』を放映中で、毎日のように松坂慶子を観ていた。


   解読はできないけれどたぶん愛     り
    バニーガールの星撃つ仕草      ゑ

 「愛の水中花」から直球で「バニーガール」としている。ここまでが恋の座。

    バニーガールの星撃つ仕草      ゑ
   雲いくつ海を渡りて海に住む      霞

 「いくつ」に対する解決として句尾に「のだろうか」が省略されたかたちとなっている。バニーガールの流転の身の上を思う。

   雲いくつ海を渡りて海に住む      霞
    新元号の国の赤色          な

 この日、新元号が発表された。地球儀で日本は赤い。

    新元号の国の赤色          な
   梅干の三晩を月もまもりたる      令

 奇しくも令和の令の字の令さんが付けている。「梅花の宴」を踏まえつつ、花の座に障らぬように梅干とした周到にして諧謔的な付け句で、夏の月としている。

   梅干の三晩を月もまもりたる      令
    やうやく涙拭ふ門番         昭

 月とともに梅干を守っていた門番が泣いている。過酷な任務だったのだろう。

    やうやく涙拭ふ門番         昭
   水温む日を貝になるポーズして     を

 前句の「涙」から「水温む」が導かれている。花の座を前にここから春の句が続く。

   水温む日を貝になるポーズして     を
    佐保姫と組む午後の道場       り

 「貝になるポーズ」からヨガ道場という設定とした。佐保姫と組んでエクササイズをしたら不老不死になりそうな気がする。

    佐保姫と組む午後の道場       り
   自転車に花巻産の葱坊主        ゑ

 道場には自転車で通っているのである。花の座であるが、発句ですでに花が出ていたので、ここは「花」の字だけでやり過ごし、「葱坊主」で春の句としている。ちなみに私は挑戦したことはないが、葱坊主は天ぷらや塩炒めにして食べられるらしい。

   自転車に花巻産の葱坊主        ゑ
    お辞儀の角度猫に合はせる      霞

 道端でよく挨拶する猫なのだろう。


    お辞儀の角度猫に合はせる      霞
ナオ 福助の五臓六腑をからからと      な

 「五臓六腑」などというからには、この「福助」は焼酎の銘柄だろう。酔いが回り、お辞儀のような姿勢になっているのだ。

   福助の五臓六腑をからからと      な
    右と左で違ふ靴下          令

 「福助」から「靴下」が導かれている。それだけでなく「五臓六腑」と「右と左で違ふ」がいい感じで響き合っている。

    右と左で違ふ靴下          令
   まなじりのひつかき傷は新しく     昭

 前句をよほど慌てたものと読んでいる。

   まなじりのひつかき傷は新しく     昭
    地平線までヌーの大群        を

 前句を狩猟の現場と捉え、大景に転じている。「ヌー」はアフリカ大陸南部に生息する牛の仲間。

    地平線までヌーの大群        を
   打楽器の複合リズム高まつて      り

 アフリカ音楽の祝祭的なポリリズムの高揚で付けている。

   打楽器の複合リズム高まつて      り
    炎立ちたる前頭前野         ゑ

 七音の中に「ぜん」「ぜん」と畳み掛け、音韻的に前句を実現しようとしている。ちなみに「前頭前野」とは脳の中の記憶や学習と深く関連する部位らしい。

    炎立ちたる前頭前野         ゑ
   ふたりして背伸びをすれば桃青忌    霞

 「炎立ちたる」に対し「背伸びをすれば」で付けている。桃青忌は芭蕉の忌日で旧暦十月十二日。時雨忌とも言い、前句に対しうまい具合に火消しとなっている。「ふたりして」って、まさか「まえがしら」さんと「まえの」さん?

   ふたりして背伸びをすれば桃青忌    霞
    ウヰスキー飲みおほせて洩らす    な

 『去来抄』にある芭蕉の「いひおほせて何かある」を踏まえている。ウイスキーを飲み尽くして初めて明かすこころの秘密とはどんなものだろう。

    ウヰスキー飲みおほせて洩らす    な
   養生のベストセラーとなりし本     令

 前句の身を破滅しかねない心の闇には触れず、健康路線に転じている。この転じ具合そのものが、人生のヒントのようでさえある。

   養生のベストセラーとなりし本     令
    うなづいてまたうなづく良夜     昭

 繰り上げて月の座となっている。月明下、養生本にいちいち納得している。ここから秋の句が続く。

    うなづいてまたうなづく良夜     昭
   紅葉山むかし海だとタモリ云ひ     を

 これは「ブラタモリ」の嵐山の回だろうか。かの絶景が断層によってできたとし、プランクトンである放散虫の化石が出土することをタモリが解説し、そのいちいちに視聴者はうなづいたのだった。

   紅葉山むかし海だとタモリ云ひ     を
    川の名変はる露寒の橋        り

 「渡月橋」と名を出してしまっては打越に障るので、「露寒の橋」としている。渡月橋を境にその上流は大堰川であり、その下流は桂川である。
 


    川の名変はる露寒の橋        り
ナウ 吃音のラジオドラマの主人公      ゑ

 前句「川の名変はる」が内包する「かわ」「かわ」が呼び起こしたものか、「吃音」で仕立てている。検索すると実際に吃音者が主人公のラジオドラマが存在したようだが、それに限定する必要はないだろう。ここから名残裏。

   吃音のラジオドラマの主人公      ゑ
    微笑む母の通夜は忙し        霞

 これは気持ちを封印して乗り切ろうとしている故人の母なのだろうか、それとも母が故人で遺影が微笑んでいるのだろうか。「ホホ」「ハハ」という吃音に似た響きによって前句とつながっていて、通夜という時間と空間は現実でありドラマでもある。

    微笑む母の通夜は忙し        霞
   間違へて領収済の判を押す       な

 体験したことのないことが続くのだから、そういうこともあるだろう。

   間違へて領収済の判を押す       な
    金平糖をぽとり雪間に        令

 そしてそんなふうに我に返るのだろう。「雪間」は春の季語で、降り積んだ雪が春になってところどころ解けて消えた隙間のこと。前句で間違えたのはお金であろうが、「金」つながりで「金平糖」というどうでもいいものを出して意表をついている。みごとな転じである。

    金平糖をぽとり雪間に        令
   明らかに象の足音飛花落花       昭

 前句の「金平糖をぽとり」を心象風景に重ねているのだろう。「蝶墜ちて大音響の結氷期 富澤赤黄男」のイマジネーションの飛躍がどこか頭の片隅にあったのかも知れない。風が立ち、いちめん飛花落花となる。

   明らかに象の足音飛花落花       昭
    産毛を春の風は濡らして       を

 「飛花落花」を受けて「春の風」としている。花と寺を詠んだ尋常ならざる発句に対し、挙句は生命感にあふれるものを詠みつつ「て止め」で余情を残し折り合いをつけている。
 

2019年4月19日金曜日

七吟歌仙 ゆふぐれの巻

   ゆふぐれに花の点るや彼岸寺     苑を
    亀鳴くこゑと豆腐屋の笛     ゆかり
   風船は水玉模様おほきくて      りゑ
    背丈の順の列を見送る        霞
   乗り過ごすことなく浴びる月明り   なな
    パチンコ屋からつづく穭田      令
ウ  いちやう散る健忘症と言はれたる   知昭
    ふいに目覚めて問ふ君の名は        を
   解読はできないけれどたぶん愛     り
    バニーガールの星撃つ仕草      ゑ
   雲いくつ海を渡りて海に住む      霞
    新元号の国の赤色          な
   梅干の三晩を月もまもりたる      令
    やうやく涙拭ふ門番         昭
   水温む日を貝になるポーズして     を
    佐保姫と組む午後の道場       り
   自転車に花巻産の葱坊主        ゑ
    お辞儀の角度猫に合はせる      霞
ナオ 福助の五臓六腑をからからと      な
    右と左で違ふ靴下          令
   まなじりのひつかき傷は新しく     昭
    地平線までヌーの大群        を
   打楽器の複合リズム高まつて      り
    炎立ちたる前頭前野         ゑ
   ふたりして背伸びをすれば桃青忌    霞
    ウヰスキー飲みおほせて洩らす    な
   養生のベストセラーとなりし本     令
    うなづいてまたうなづく良夜     昭
   紅葉山むかし海だとタモリ云ひ     を
    川の名変はる露寒の橋        り
ナウ 吃音のラジオドラマの主人公      ゑ
    微笑む母の通夜は忙し        霞
   間違へて領収済の判を押す       な
    金平糖をぽとり雪間に        令
   明らかに象の足音飛花落花       昭
    産毛を春の風は濡らして       を


起首:2019年 3月19日(火)17時58分31秒
満尾:2019年 4月18日(木)15時24分17秒
捌き:ゆかり

2019年4月11日木曜日

不定期刊連句誌『みしみし』創刊号発売

不定期刊連句誌『みしみし』創刊号を発売しました。
大室ゆらぎ、岡田由季、田中槐、川合大祐、鈴木健司、塚本惠、大塚凱、山本掌、媚庵、岡本遊凪、箱森裕美、玉簾という豪華連衆による連句と新作十首/句を掲載。連句をかなめに俳句、川柳、短歌に広がる異色の作品集です。

【目次】
七吟歌仙 溜め池の巻
七吟歌仙 春雨の巻
その評釈
連衆作品
かんたん連句式目
橋閒石『微光』を読む

【ご購入】
一部1000円(送料、消費税込み)
お申し込みは以下まで。
みしみし舎
officemisimisi アットマーク
アットマークは@に変えてご利用下さい。

★みしみし舎在庫分はおかげさまで完売しました。

以下の書店様、古書店様でもお取り扱い頂いています(ほぼ北から順)。

札幌のがたんごとんさん、新宿の紀伊國屋書店さん、下北沢の本屋B&Bさん、明大前の七月堂古書部さん、三鷹の水中書店さん、松本の栞日さん、京都の三月書房さん、梅田の蔦屋書店さん、神戸元町の1003さん、福岡の本のあるところ ajiroさん、松山の蛙軒さん、本の轍さん、石垣島の山田書店さん。

2019年3月20日水曜日

七吟歌仙 春雨の巻 評釈

   春雨や剥けば魚肉のやはらかさ    凱

 魚肉ソーセージはビニールのパッケージにくるまれている間はそれなりの固さだが、剥くと意外なやわらかさでなんとも落差がある。そのやわらかさは、外をそぼ降る春雨と響き合うほどのやわらかさである。凱さんは「みしみし」初登場の俳人。

   春雨や剥けば魚肉のやはらかさ    凱
    折檻のごと恋猫のこゑ     ゆかり

 脇は発句と同じ場所、同じ時刻を詠み挨拶とする。折しもどこかから発情した猫の声が聞こえる。人間の幼児が折檻を受けているような、紛らわしい声である。そんな猫も恋に疲れれば魚肉ソーセージを食べるのだろうか。といった情景で、発句にはない音声情報を詠み込んで挨拶としている。

    折檻のごと恋猫のこゑ     ゆかり
   朧夜の香のたちのぼる水辺にて   青猫

 第三は発句と脇の挨拶から離れ、連句としての展開の始まりとなる。発句と脇による狭隘な生活空間を離れ、むせるような春の夜の水辺を詠んでいる。青猫さんは俳人として句集を出してはいるが、現代詩人でもあり、萩原朔太郎研究家でもあり、声楽家でもある。

   朧夜の香のたちのぼる水辺にて   青猫
    乗り捨てられた四輪駆動     媚庵

 人気のない水辺には四輪駆動車が乗り捨てられている。媚庵さんは歌人にして俳人。

    乗り捨てられた四輪駆動     媚庵
   畑まで残月を背に向かひたり    遊凪

 月の座であるが、打越に朧夜があるので昼の月としている。ここから秋の句が続く。遊凪さんは「みしみし」初登場の連句人。

   畑まで残月を背に向かひたり    遊凪
    息吹きかけて磨く紅玉      裕美

 畑で収穫した紅玉だろうか。丹精に磨いている。と、表六句のあいだはさしたる波乱もなく進む。裕美さんは「みしみし」初登場の俳人。

    息吹きかけて磨く紅玉      裕美
ウ  よそいきで急ぐ芒の波の道     玉簾

 初折裏である。ここからが暴れどころである。デートなのだろうか、紅玉を持ってよそいきのいでたちで芒の波の道を急いでいる。玉簾さんはネットの古くからの友人で俳人で歌手だが、久しぶりすぎて「みしみし」に参加していたかさだかでない。それ以前にも別のところで連句は巻いている。

ウ  よそいきで急ぐ芒の波の道     玉簾
    湘南までぢや話し足りない     凱

 直情的に口語で畳みかけてきた。湘南の夏は熱いぜ。ここから恋の座。

    湘南までぢや話し足りない     凱
   生命の起源の棒の如きもの      り

 折しも地球の生命の起源の調査を目的とした無人探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウへの着陸に成功した。地球の生命の起源はいざ知らず、人間の生命の起源といえば棒の如きものだろう。

   生命の起源の棒の如きもの      り
    シーラカンスとなるまで眠る    猫

 激しい恋のあとはひたすら眠る。「生命の起源」に呼応して熟睡のさまを「シーラカンス」としている。ここまでが恋。

    シーラカンスとなるまで眠る    猫
   聞きたての都市伝説を反芻し     庵

 「生きた化石」とか「伝説の魚」とか呼ばれる前句「シーラカンス」に対し、「都市伝説」という今どきの怪しげなもので付けている。

   聞きたての都市伝説を反芻し     庵
    今でも残る巴里の地下街      凪

 観たばかりの「ブラタモリ」のパリの回で付け、まさに前句「聞きたて」を実践している。美観の整った都市計画を断行した際に古い街並みがそのまま地下街となったという内容なのだが、世に言う「都市伝説」とは意味がずれているところがなんとも可笑しい。

    今でも残る巴里の地下街      凪
   大長編映画の果てて月涼し      美

 前句「巴里の地下街」を「大長編映画」の中のできごととし、夏の月を詠んでいる。「みしみし」の連衆は自在に、前句の内容がテレビや映画の中のできごとという、メタな見立てを行う。世間一般の連句がそんなふうに進行するものなのかは、よく分からない。

   大長編映画の果てて月涼し      美
    人肌ほどの合歓の木の下      簾

 「人肌ほどの」とくればぬくもりだろうし、前句の「涼し」に対して付けたものであろうが、そのぬくもりを保持しているものが尋常ではない。合歓の木の小葉片が夜に重なり合うさまを捉えたものか。

    人肌ほどの合歓の木の下      簾
   地元では代打の神様と呼ばれ     凱

 合歓の木の下で口説いているのだろうか。眉唾ものである。

   地元では代打の神様と呼ばれ     凱
    野次将軍も四年契約        り

 本当は野次っているばかりだったのだ。ちなみに四年というのは衆議院議員の任期。

    野次将軍も四年契約        り
   言の葉はやや脂じみ花の雨      猫

 前句のタヌキオヤジのような人物をペーソスでくるみ、花の座として詠み上げている。すごいものだ。

   言の葉はやや脂じみ花の雨      猫
    酸素ボンベの重き遅き日      庵

 「言の葉はやや脂じみ」の異変は重病だったのである。字面の「重き遅き」が痛ましい。もちろん「重き」は前にかかり「遅き」は季語の一部として後ろにかかるのだが、表記の面白さは本来の意味には関係なく現れる。

    酸素ボンベの重き遅き日      庵
ナオ 蝌蚪の紐バケツに入れて児ら帰る   凪

 生命維持装置の管のいろいろに対し「蝌蚪の紐」で付けていると思うとなんだか可笑しい。

ナオ 蝌蚪の紐バケツに入れて児ら帰る   凪
    あらゆるものに名前をつけて    美

 生まれ来るおたまじゃくしの一匹一匹にも名前を付けるのだろう。

    あらゆるものに名前をつけて    美
   玉葱を刻む前から泣いてをり     簾

 え、玉葱にも名前を付けていたのか…。

   玉葱を刻む前から泣いてをり     簾
    ミラーボールに乗つて銀座へ    凱

 雰囲気を変えて丸いものつながりで「ミラーボール」を出しているが、ミラーボールは乗る物ではないし「銀座」という地名も曰く言い難いので、狙って出したミスマッチ感なのだろう。

    ミラーボールに乗つて銀座へ    凱
   裏筋の画廊でお湯が沸いてゐる    り

 前句のけばけばしさに対し、銀座の別の面で付けている。

   裏筋の画廊でお湯が沸いてゐる    り
    夕日にまぎれ一角獣が       猫

 この夕日は実景のものだろうか、あるいは一角獣とともにある画廊の作品中のものだろうか。

    夕日にまぎれ一角獣が       猫
   男装の麗人の襟巻の紺        庵

 虚子の句に「襟巻の狐の顔は別に在り」があるが、一角獣の毛皮も襟巻にするのだろうかとか一角獣も「こん」と鳴くのだろうかとか余計なことを考える。正気に戻ると、一角獣と男装の麗人の取り合わせはなかなかかっこいい。

   男装の麗人の襟巻の紺        庵
    腕を組もうと誘ふウインク     凪

 男装の麗人が目配せをしているのだろうか、あるいは男装の麗人に目配せをしているのだろうか。はたまたそれは男性だろうか女性だろうか。何も述べていないところに余情が広がる。

    腕を組もうと誘ふウインク     凪
   疑問符を投げ掛け合つて長き夜    美

 前句を説明することなく、ただならぬ関係として一夜をともにしている。月の座を前にここから秋の句が続く。

   疑問符を投げ掛け合つて長き夜    美
    夢の中でも揺るる撫子       簾

 ただならぬ関係が夢の中に持ち越されている。

    夢の中でも揺るる撫子       簾
   霧の辺をローソク足がついてきて   凱

 本来月の座の位置だが、打越が「長き夜」で、表六句の月の座でも「残月」が既出であるため、ここは月を出すのを見送り、代わりに「ローソク足」という変なものを出している。「ローソク足」は株式の評価に用いるもので、四本値(始値・高値・安値・終値)を使用しローソクの形に表したチャートである。用語として表記の定まったものなので、いかに連句とはいえ、勝手に「蝋燭足」とは改められない。株式用語ではあるが、霧と取り合わせられるとなんだか妖怪のようで可笑しい。この巻、凱さんばかりがぶっ飛んでいる趣がある。

   霧の辺をローソク足がついてきて   凱
    ぽつかり上がる終値と月      り

 先送りした月の座を引き受けている。「ローソク足」に一体どう月を付ければいいのだとも思うが、ETFを大量購入して買い支えた。

    ぽつかり上がる終値と月      り
ナウ 白地図を開けば青き風ばかり     猫

 ここから名残裏である。暴れどころは前句までで、挙句に向かい姿勢を正す。前句とは一線を画し、どこか青春性を感じる句としている。「青嵐」などを頭におけば、夏の季感とも言える。

ナウ 白地図を開けば青き風ばかり     猫
    バンガローから女声合唱      庵

 前句の夏っぽさを受けてバンガローとしている。奇しくも青猫さんは声楽家なのだが、媚庵さんはご存じだったのだろうか。

    バンガローから女声合唱      庵
   車椅子で小径をつたふ老夫婦     凪

 高齢化社会の現代ならではの景で付けている。

   車椅子で小径をつたふ老夫婦     凪
    お守りのごと風船を持つ      美

 老夫婦のどちらかが風船を持っているそのさまが、なんともお守りのようである。花の座を前にここから春の句としている。

    お守りのごと風船を持つ      美
   ひとひらの花が睫毛に降る日暮    簾

 極度にクローズアップして触覚的に花を詠んでいるが、前句との付き具合にリアリティがある。

   ひとひらの花が睫毛に降る日暮    簾
    ぶらんこ越しに遠浅の街      凱

 挙句では逆にカメラが引いて、風景全体を収める。「遠浅の海」ならありきたりの措辞だが、「遠浅の街」がこの世ならざる幻想のようである。

七吟歌仙 春雨の巻

   春雨や剥けば魚肉のやはらかさ    凱
    折檻のごと恋猫のこゑ     ゆかり
   朧夜の香のたちのぼる水辺にて   青猫
    乗り捨てられた四輪駆動     媚庵
   畑まで残月を背に向かひたり    遊凪
    息吹きかけて磨く紅玉      裕美
ウ  よそいきで急ぐ芒の波の道     玉簾
    湘南までぢや話し足りない     凱
   生命の起源の棒の如きもの      り
    シーラカンスとなるまで眠る    猫
   聞きたての都市伝説を反芻し     庵
    今でも残る巴里の地下街      凪
   大長編映画の果てて月涼し      美
    人肌ほどの合歓の木の下      簾
   地元では代打の神様と呼ばれ     凱
    野次将軍も四年契約        り
   言の葉はやや脂じみ花の雨      猫
    酸素ボンベの重き遅き日      庵
ナオ 蝌蚪の紐バケツに入れて児ら帰る   凪
    あらゆるものに名前をつけて    美
   玉葱を刻む前から泣いてをり     簾
    ミラーボールに乗つて銀座へ    凱
   裏筋の画廊でお湯が沸いてゐる    り
    夕日にまぎれ一角獣が       猫
   男装の麗人の襟巻の紺        庵
    腕を組もうと誘ふウインク     凪
   疑問符を投げ掛け合つて長き夜    美
    夢の中でも揺るる撫子       簾
   霧の辺をローソク足がついてきて   凱
    ぽつかり上がる終値と月      り
ナウ 白地図を開けば青き風ばかり     猫
    バンガローから女声合唱      庵
   車椅子で小径をつたふ老夫婦     凪
    お守りのごと風船を持つ      美
   ひとひらの花が睫毛に降る日暮    簾
    ぶらんこ越しに遠浅の街      凱


起首:2019年 2月19日(火)
満尾:2019年 3月11日(月)
捌き:ゆかり

2019年3月15日金曜日

七吟歌仙 溜め池の巻 評釈

   溜め池に立つや大波春嵐       由良

 発句は歌人の由良さんから頂いた。プロパーな俳人ならこの位置に「や」を置くことはないだろう仕上がりとなっていて面白い。俳人であれば、切れは一箇所というセオリーでまず「溜め池に大波立つや春嵐」とすると思うが、「溜め池に立つや」で何が立ったのだと読者に思わせつつ、一気に「大波」「春嵐」と畳みかけたことにより、「大波」のインパクトが強くより印象的になっている。
 
   溜め池に立つや大波春嵐       由良
    落つる椿の地になせる円     ゆかり

 脇は春の嵐で落ちた椿が土の上で円をなしているさまを詠んだ。椿は花びらが散るのではなく、花のかたまりごと落ちるので、落ちたあと飛散することがない。「落つる」とはいうものの、発句の動に対し静のイメージで脇としている。

    落つる椿の地になせる円     ゆかり
   雛の客シャネルスーツを着こなして  由季

 第三は発句と脇の挨拶から離れ、連句としての展開の始まりとなる。ここでは発句と脇が叙景に徹していたのに対し、おしゃれな人物を描いている。  

   雛の客シャネルスーツを着こなして  由季
    柔軟剤は日なたのかをり       槐

 おしゃれな人物に対して柔軟剤の香りを指摘するのは実社会では底意地が悪いかも知れないが、そこは俳諧。冷徹な描写である。槐さんは歌人にして俳人。

    柔軟剤は日なたのかをり       槐
   名月を誤答と思ふ押しボタン     大祐

 月の座は柳人の大祐さん。前句をCMと見立てたものか、クイズ番組の設定で付けている。相手が俳人だったら「月の座っていうのは月を愛でるものです、もう一句どうぞ」と言うところだが、そんなことを言ったらわざわざ柳人をお呼びした意味がないので、ここは頂くしかない。表六句にしては面白すぎる展開である。

   名月を誤答と思ふ押しボタン     大祐
    道に迷ひし白帝の夜       けんじ

 陰陽五行説で秋は白を配することから、白帝は秋を司る神。前句で「誤答」と言われた神がうろたえて、道に迷っているのだ。

    道に迷ひし白帝の夜       けんじ
ウ  異土晴れて八万人の阿波踊り     ぐみ

 初折裏である。本来ここからが暴れどころであるが、表六句の月の座あたりから自在な発想による丁々発止は始まっている。道に迷った白帝はなんと外つ国に至ってしまった。八万人が街をあげて踊り狂っている。リオのカーニバルのようでもある。月の座からここまでが秋の句である。

ウ  異土晴れて八万人の阿波踊り     ぐみ
    ロベスピエールの目をした男     良

 wikipediaによればロベスピエールはフランス革命期の政治家にして、史上初のテロリスト(恐怖政治家)・代表的な革命指導者で、国民公会からジロンド派を追放し権力を掌握すると、公安委員会、保安委員会、革命裁判所などの機関を通して恐怖政治を断行し反対派をギロチン台に送った、とある。そんな男が無慈悲な目で八万人の阿波踊りの狂躁を見つめているのである。みごとな転じである。

    ロベスピエールの目をした男     良
   雨漏りの盥の音が遠くなる       り

 そんな男に見つめられていると、現実が現実でないような気がして音が遠ざかって行く。

   雨漏りの盥の音が遠くなる       り
    惚れ薬かもしれぬ梅雨茸       季

 折しも梅雨で、妖しげなきのこが生えている。その外観はなんとも淫靡で惚れ薬かもしれぬと妄想する。

    惚れ薬かもしれぬ梅雨茸       季
   こひびとよ冷えピタの貼り方が雑    槐

 恋仲となったが、その相手は何につけ雑な性格なのだった。

   こひびとよ冷えピタの貼り方が雑    槐
    高校生の髷を切るのみ        祐

 雑な性格の人物の生業は体育教師かなにかで、校則違反の髷を容赦なく切る。

    高校生の髷を切るのみ        祐
   校庭にサッカーボール忘れられ     じ

 断ち切れぬ思いの象徴として、サッカーボールを配している。余談ながらエイゼンシュタインなどによる映画のモンタージュ手法は、俳諧の付け合いと同じだということがしばしば指摘されている。

   校庭にサッカーボール忘れられ     じ
    笛を吹くのは繊き寒月        み

 歌仙構成のなかで二花三月ということばがあり、花の座を二回、月の座を三回置きそれぞれ花と月を愛でるものとされている。表六句の月の座がクイズ番組仕立てとなってしまったので、ここでは旧来の情趣としている。ただし前句が「サッカーボール」なので周到に丸い月は避け「繊き寒月」としている。

    笛を吹くのは繊き寒月        み
   虎に似て二尺足らずの猫を抱く     良

 さらに虎を配せば旧来の情趣に付き過ぎとなるところ、猫としているところに諧謔がある。

   虎に似て二尺足らずの猫を抱く     良
    濡れ縁といふゆふべの湿り      り

 ずっと人が出ているので、遣り句として空間に転じた。遣り句とは、その一句にあまり意味を持たせず先送りにする方法である。

    濡れ縁といふゆふべの湿り      り
   借景の吉野山より花吹雪        季

 花の座はそんな縁側から見えるものとして借景の吉野山を詠んだ。ここから春の句が続く。

   借景の吉野山より花吹雪        季
    をみなとをみなふらここを漕ぐ    槐

 前句の遠景に対し、近景を配している。女同士がブランコを漕いでいる。「をなご」ではなく「をみな」であるところにただならぬ気配がある。

    をみなとをみなふらここを漕ぐ    槐
ナオ 鈍器群ボートレースに撒かれつつ    祐

 前句のただならぬ気配を事件に展開している。前句「漕ぐ」に対し「ボートレース」でいいのかが気にならなくもないが、今日のボートレースは手こぎではなくモーターボートなのでよしとした。

ナオ 鈍器群ボートレースに撒かれつつ    祐
    デカの直感ホシは老人        じ

 テレビドラマでおなじみの符牒「デカ」「ホシ」で付けている。

    デカの直感ホシは老人        じ
   地球とて宇宙に光る青き点       み

 直接的には前句「ホシ」から導かれて「地球」なのかも知れないが、事件など宇宙全体から見れば些細なことなのだという悟りにも似た転じが面白い。

   地球とて宇宙に光る青き点       み
    蚤ひねりつつ面壁三年        良

 悟りに至るまでの、蚤に思惟を乱されつつの修行の日々である。

    蚤ひねりつつ面壁三年        良
   泥団子切つて食みたる石のうへ     り

 「石の上にも三年」をもじり、ままごとの俎とした。

   泥団子切つて食みたる石のうへ     り
    子役の台詞たつたひとこと      季

 それをドラマの中のできごととした。

    子役の台詞たつたひとこと      季
   ラジオ置く張り出し窓の冬ざるる    槐

 それをラジオドラマとし、放送を聞く生活空間とした。その子役の出番を心待ちにしている祖母あたりの家かも知れない。

   ラジオ置く張り出し窓の冬ざるる    槐
    象徴界を銀世界へと         祐

 ラジオで伝えられる音声はときに、視覚情報を伴うテレビよりもはるかに多くのメッセージを聞き手の心に訴える。いまどんな視覚情報よりも鮮やかな銀世界が展開されて行く。まさに柳人ならではの付け味である。

    象徴界を銀世界へと         祐
   乗換の小さき駅の屋根長く       じ

 広がりを持った「銀世界」から、具体的な景に置き換えられるこの付け具合は、川柳の世界から俳句の世界への乗り換えのようでさえある。ここまでの三句の渡りは、この巻のなかの最大の見せ場だろう。

   乗換の小さき駅の屋根長く       じ
    健さんに似し夜学生ゐて       み

 前句「駅」から「健さん」が導かれているが、そのものではなくそれに似た夜学生としている。ここから秋の句が続く。

    健さんに似し夜学生ゐて       み
   照らしあふ名残の月とわれの顔     良

 月の座であるが、初折で曲がりなりにも「名月」が出ているので、ここでは旧暦九月十三日の「名残の月」としている。この「われ」は「健さんに似し夜学生」なのだろうか。名残の月と「照らしあふ」と言っているのだから、スターばりの風貌なのだろう。

   照らしあふ名残の月とわれの顔     良
    下り簗には水の音ばかり       り

 またしても人物が続いたので、景に転じた。前句の光に対し、音を配している。

    下り簗には水の音ばかり       り
ナウ 土手に飼ふ除草のための山羊二頭    季

 名残裏である。暴れどころはこれまでとし挙句に向かう。前句とはあまり関係ない叙景の句で、居住まいを正している。

ナウ 土手に飼ふ除草のための山羊二頭    季
    右の乳房の入れ墨の赤        槐

 居住まいを正したはずであったが、また妖しげな句が付けられた。山羊の乳の白からの発想ではあろうが、入れ墨といえば人間の乳房だろう。あるいは山羊の図柄のタトゥーなのかも知れない。

    右の乳房の入れ墨の赤        槐
   恋人の肉よ機械になり給へ       祐

 しかも名残の裏で恋なのか。「恋人よ」ではなく「恋人の肉よ」であるところが、なんとも非人情で極悪である。

   恋人の肉よ機械になり給へ       祐
    次々消える魔界よりこゑ       じ

 「次々消える魔界」がなにかのロールプレーイングゲームみたいでじつによい。事態は一気に解決に向かい、断末魔の叫びが聞こえるようである。

    次々消える魔界よりこゑ       じ
   天地の笑みの広ごる花盛り       み

 前句の機転によりピースフルな花の座を迎えられた。

   天地の笑みの広ごる花盛り       み
    旅の果たての沖霞みたり       良

 挙句である。「果たて」という古語がいかにも即物的叙景派歌人の由良さんならではである。

七吟歌仙 溜め池の巻

   溜め池に立つや大波春嵐       由良
    落つる椿の地になせる円     ゆかり
   雛の客シャネルスーツを着こなして  由季
    柔軟剤は日なたのかをり       槐
   名月を誤答と思ふ押しボタン     大祐
    道に迷ひし白帝の夜       けんじ
ウ  異土晴れて八万人の阿波踊り     ぐみ
    ロベスピエールの目をした男     良
   雨漏りの盥の音が遠くなる       り
    惚れ薬かもしれぬ梅雨茸       季
   こひびとよ冷えピタの貼り方が雑    槐
    高校生の髷を切るのみ        祐
   校庭にサッカーボール忘れられ     じ
    笛を吹くのは繊き寒月        み
   虎に似て二尺足らずの猫を抱く     良
    濡れ縁といふゆふべの湿り      り
   借景の吉野山より花吹雪        季
    をみなとをみなふらここを漕ぐ    槐
ナオ 鈍器群ボートレースに撒かれつつ    祐
    デカの直感ホシは老人        じ
   地球とて宇宙に光る青き点       み
    蚤ひねりつつ面壁三年        良
   泥団子切つて食みたる石のうへ     り
    子役の台詞たつたひとこと      季
   ラジオ置く張り出し窓の冬ざるる    槐
    象徴界を銀世界へと         祐
   乗換の小さき駅の屋根長く       じ
    健さんに似し夜学生ゐて       み
   照らしあふ名残の月とわれの顔     良
    下り簗には水の音ばかり       り
ナウ 土手に飼ふ除草のための山羊二頭    季
    右の乳房の入れ墨の赤        槐
   恋人の肉よ機械になり給へ       祐
    次々消える魔界よりこゑ       じ
   天地の笑みの広ごる花盛り       み
    旅の果たての沖霞みたり       良

起首:2019年 2月23日(土)
満尾:2019年 3月 9日(土)
捌き:ゆかり

2019年2月28日木曜日

ぎっくり腰のためのメモ

 腰痛持ちのひとりとして、これまで何度も治療を受けながら繰り返し聞かされた話をまとめておきます。

1.ぎっくり腰になったら(その日の対応)
・痛いところは冷やす(絶対温めない)
・いちばん痛くない姿勢で安静にする
・どうすれば痛いか確かめない
・血行がよくなることはしない(入浴、飲酒など)

2.ぎっくり腰の原因
①重すぎるものを持ったなど、急激な筋肉の負荷
②上と同じようなものだが、不安定な姿勢での咳・くしゃみ
③不自然な姿勢の継続(ベッドで本を読む、とか、屈んで植木を剪る、とか)

3.激痛は筋肉の使用禁止指令
 筋肉に限界近い負荷がかかったとき、脳は「激痛」によりその筋肉を使用しないよう指令を出します。筋肉への負荷がなくなっても、指令した状態が継続している間は、「激痛」によりその筋肉が使えない状態が続きます。ですので、どうすれば痛いか確かめない、というのも早く回復するためのポイントとなります。

4.痛みの段階
(当日)歩行できない、寝返りもできないくらいの激痛があります。
(2~3日)寝ていて起きるとき、座っていて立つときなど、大きく姿勢を変える場合に激痛があります。また、同じ姿勢を続けていると激痛があります。
(4日~3週間)なにかの拍子に痛みはありますが、しだいに日常生活ができるようになります。ある日、呪いがとけるように痛みがなくなります。

5.どこに診てもらうか
 ぎっくり腰は、骨の問題ではなく筋肉の問題なので、レントゲンで患部を特定することはまずできません。きちんと触診のできる技術を持った整骨院で診てもらって下さい。「2.ぎっくり腰の原因」の①②の場合は急激な力により関節がずれている場合があるので、放置せず動けるようになったところで診てもらって下さい。
 「仙腸関節がずれています」「足の長さが左右で違っています」「身体に正しい姿勢を覚え込ませるために長期的に通院して下さい」などと言われることがありますが、柔道整復師による慢性的な治療に対して健康保険の適用を認めない組合も多いので、 いつまで通院するかは注意が必要です。

6.痛む期間の立ち上がり方
①寝たまま寝返りを打って、片方の腕が上になるようにする(横向きになる)。
②からだが横向きのままひざを上体に近づけ「くの字」に曲げる。
③下になった腕の肘を身体の下にねじ込む。
④下の腕の肘と上の腕の手のひらを使い、腕の力で上体を起こしざまに足をベッドのへりから下ろし座位となる。
⑤足の両側のベッドに手のひらを添える。
⑥上体を前に体重移動しつつ、手のひらで上体を押し出すように立ち上がる。

(これは、知っていると老人を起こすとき、そのまま役立ちます。)

7.よい寝相は腰痛の敵
 「2.ぎっくり腰の原因」③にも関係がありますが、寝ていると体重で圧迫された筋肉に乳酸という痛みの原因になる物質がたまります。多くの腰痛持ちの方が、寝起きほど腰が痛いといい、日によって痛む場所が異なるのは、そのせいです。ですので、ぎっくり腰の場合もある程度寝返りが打てるまで痛みが軽減したら、以後積極的に寝返りを打って下さい。一晩25回が目安です。

8.腰痛にまつわるその他
・週末の寝だめはよくない。
・椅子に坐ったときに足を組むのはよくない。
・クラシックギターの足台はかかとよりつま先が低い方が楽。

9.健康保険組合からレポートを求められたときの書き方
  健康保険組合が柔道整復師による慢性的な治療に対して健康保険の適用を認めないことにより、レポートを求められることがあります。その場合は通院した整骨院に相談して下さい。要点は以下です。
・症状…○○部挫傷 必ず「挫傷」という単語を使う。
・施術内容…固定、湿布などは可。「マッサージ」は不可。



2019年2月14日木曜日

「五吟歌仙 寒月の巻」評釈

   寒月のふくらみてゆく家路かな   あんこ

 起首は2019年1月21日(月)。国立天文台のサイトによれば月齢15.1、月の出17:01。上ったばかりの月は屈折の関係で巨大に見える。連句には月の座というものがあるが、そんな巨大な満月を目の当たりにしたらお構いなしに発句にするしかないだろう。のちのちいろいろなことを引き起こすだろうが、それはのちのち考えればいいことだ。

   寒月のふくらみてゆく家路かな   あんこ
    おでんの種のふたり分強     ゆかり

 発句の「家路」を受け、脇は夕食の献立とした。「強」に若干のいたずら心があるが、そんな挨拶も許されるだろう。

    おでんの種のふたり分強     ゆかり
   わたつみのそこひに泡の生まるらん  登貴

 第三は発句と脇の挨拶から離れ飛躍する。前句の鍋の泡立ちから海の底に思いを馳せている。「わたつみ」「そこひ」という古語のニュアンスと「らん」が効いている。なお、発句の中で「ふくらみて」と、「て」が使われているので、ここでは第三によくある「て止め」を回避している。

   わたつみのそこひに泡の生まるらん  登貴
    残暑の港町の教会         媚庵


 前句の深海の暗いイメージに対し、白昼の港町の教会を遣り句的に置いている。次が月の座なので秋の句としている。

    残暑の港町の教会         媚庵
   十六夜のガラスの欠片集めゐて    なな

 月の座であるが、発句に「寒月」があるので敢えて「月」の字を出さず、「十六夜」としている。前句の教会は破壊されたのだろうか。月下にステンドグラスの欠片がきらめいている。

   十六夜のガラスの欠片集めゐて    なな
    記憶にはなきかりがねのこゑ     こ

 破壊に記憶はつきものであるが、敢えて記憶にないものを挙げている。ここで初めて聴覚的な情報が登場する。なお、「寒月の」「おでんの」「わたつみの」と「の」が続いてしまうことについてこの辺りで意見があり、では全部「の」を入れようではないかということになる。『アリババと四十人の盗賊』では、盗賊がドアに目印をつけたことに気づいた召使いのモルギアナが、街のすべてのドアに目印をつけ、それにより盗賊はどの家だか分からなくなった。それにあやかり瑕疵を全部の句に施し、分からなくしてしまおうという狙いであり、この座では戯れに「モルギアナ方式」と呼んでいる。

    記憶にはなきかりがねのこゑ     こ
ウ  針飛びの華麗なる大円舞曲       り

 初折裏折立である。ここから名残表折端までの二十四句はあばれどころとなる。前句「記憶にはなき」に対し、記憶にあるものとして「華麗なる大円舞曲」を聴いていたら針が飛んだことにした。三句続いた秋を離れている。

ウ  針飛びの華麗なる大円舞曲       り
    目薬を買ふ仲のおいらん       貴

 前句の聴覚情報に対し、視覚になにか問題があることをほのめかしている。ここから恋の句である。

    目薬を買ふ仲のおいらん       貴
   三畳にレースの下着吊るされて     庵

 花魁とは名ばかりの娼婦のヒモの視線なのだろうか。せまい部屋に無造作に下着が干されている。なかなか凄惨である。

   三畳にレースの下着吊るされて     庵
    紙袋よりサボテンの棘        な

 プレゼントなのだろうか。紙袋よりサボテンの棘が覗いている。

    紙袋よりサボテンの棘        な
   祝と呪の右は同じと囁かれ       こ

 このあたりまでが恋。ちょっとした行き違いで破局に向かう。漢字での遊びとなっている。前句「サボテン」が夏の季語なので、夏の月を出すとすればこのあたりだが、発句が「寒月」なので夏の月は出さないものとした。

   祝と呪の右は同じと囁かれ       こ
    火星人めく妹の脚          り

 「祝」と「呪」の右である「兄」は妙に脚が長いので「火星人めく」としたが、そのままでは面白くないので「妹」とした。火星人の兄の妹はやはり火星人だろう。

    火星人めく妹の脚          り
   赤貝の紐に塗り箸先細き        貴

 「火星人めく」から「赤貝の紐」が導かれている。赤貝は春の季語。

   赤貝の紐に塗り箸先細き        貴
    一息に飲むタンポポの酒       庵

 春が出たので春の句を三句以上続ける必要があるが、花の座まではだいぶあるので素春(=花の座を含まない春)とすることとし、逆に花の座を意識すると使いにくいものとして「タンポポ」とした。なお、レイ・ブラッドベリの読者であれば『たんぽぽのお酒』に気づき、『火星年代記』があるから打越ではないかと言うであろうが、世の中ブラッドベリの読者ばかりではないのでよしとした。

    一息に飲むタンポポの酒       庵
   山羊の毛と羊の毛刈る少年の      な

 『たんぽぽのお酒』から「少年」が導かれているのであろうが、長句全体を使って主語にしかなっていない遣り句である。三十六句の中にはそういう句もありだろう。春の句はここまで。

   山羊の毛と羊の毛刈る少年の      な
    影の大きく伸びる夕さり       こ

 前句の主語を用い、日の傾いた印象的な景としている。「夕さり」という古いことばが効いている。

    影の大きく伸びる夕さり       こ
   燭の火の揺れて花嫁しづしづと     り

 初折裏折端前は花の座であるが、すでに春ではないので「花」の字のみを用い「花嫁」とした。前句「影の大きく伸びる」の手前に光源である「燭の火」を配している。

   燭の火の揺れて花嫁しづしづと     り
    涼しき縁に書きかけの経       貴

 前句のある種おどろおどろしい景を離れ、涼しげに転じている。

    涼しき縁に書きかけの経       貴
ナオ 薩摩琵琶さらふ念者のにほひたつ    庵

 名残表折立である。あばれどころはまだまだ続く。「念者」は男色の関係で、若衆を寵愛する側の人。「涼しき」が弟分で、「にほひたつ」のが兄分ということだろう。ここから衆道の恋。

ナオ 薩摩琵琶さらふ念者のにほひたつ    庵
    ほどきし帯の柄の逆しま       な

 ほどいた帯の乱れたさまを詠んでいる。

    ほどきし帯の柄の逆しま       な
   くちびるへ人差し指のやはらかく    こ

 他言無用ということだろう。ここまでが恋。

   くちびるへ人差し指のやはらかく    こ
    スクイズせよのサイン見落とす    り

 前句を野球のサインだととりなしている。

    スクイズせよのサイン見落とす    り
   ステージに残されてゐる銀の靴     貴

 大失態を並べ転じている。

   ステージに残されてゐる銀の靴     貴
    馬賊が走る満州の原         庵

 銀の靴の主を略奪したのだろうか。このあたり、あばれどころだけにあわただしく場面を転じる。

    馬賊が走る満州の原         庵
   降るたびに雪の礫を作りたる      な

 初折裏折端以来ずっと無季であったが、ここで冬としている。

   降るたびに雪の礫を作りたる      な
    いろはにほへと乳の溢れて      こ

 雪の白から「色は匂へど」が導かれ、言葉遊びは「ち」までまたがる。乳母に養育を託され乳が止まらない高貴な女性だろうか。

    いろはにほへと乳の溢れて      こ
   干草を飛び越え犬の胴長し       り

 前句「乳の溢れて」は牛かなにかのようである。飼料の干草を犬が飛び越えている。

   干草を飛び越え犬の胴長し       り
    野分吹き過ぎ静寂の街        貴

 前句「飛び越え」は跳躍ではなく吹き飛ばされていたようである。月の座の前で秋としている。

    野分吹き過ぎ静寂の街        貴
   月光の石畳踏みゆく軍靴        庵

 静寂を打ち破り軍靴の足音が響く。「月光」「石畳」「軍靴」と硬質なものを配している。

   月光の石畳踏みゆく軍靴        庵
    案山子の服に岩波文庫        な
 
 「遺品あり岩波文庫『阿部一族』 鈴木六林男」を踏まえたものだろうか。しかしながら「案山子の服に」は論理を超えた飛躍がある。

    案山子の服に岩波文庫        な
ナウ 窓際の席と決めたる日曜日       こ

 名残裏折立である。ここからは節度をわきまえ進行する。喫茶店だろうか。前句の「岩波文庫」を読むのだろう。

ナウ 窓際の席と決めたる日曜日       こ
    つぎつぎ開くゆふぐれの傘      り

 折しも窓の外では雨が降り出し、通行人の傘が次々開く。

    つぎつぎ開くゆふぐれの傘      り
   長靴の五歳にもどる夢を見て      貴

 前句を夢の中のできごととして、五歳の自分とした。

   長靴の五歳にもどる夢を見て      貴
    テレビ画面に魔女の鉤鼻       庵

 五歳が観るようなアニメだろう。ディズニーの『白雪姫』の魔女あたりか。

    テレビ画面に魔女の鉤鼻       庵
   千年の花の間近にパイプ椅子      な

 花の座である。こう付けると前句の魔女が千年以上の長寿で、魔法により千年間桜を咲かせ続けたような気がしてくる。もうよぼよぼなので、魔法をかけるときはパイプ椅子を出してくるのである。

   千年の花の間近にパイプ椅子      な
    春たけなはの宴のはじまり      こ

 キャパシティ以上に人が集まりパイプ椅子を出しての宴が始まる。めでたい景で挙句としている。

2019年2月13日水曜日

五吟歌仙 寒月の巻

   寒月のふくらみてゆく家路かな   あんこ
    おでんの種のふたり分強     ゆかり
   わたつみのそこひに泡の生まるらん  登貴
    残暑の港町の教会         媚庵
   十六夜のガラスの欠片集めゐて    なな
    記憶にはなきかりがねのこゑ     こ
ウ  針飛びの華麗なる大円舞曲       り
    目薬を買ふ仲のおいらん       貴
   三畳にレースの下着吊るされて     庵
    紙袋よりサボテンの棘        な
   祝と呪の右は同じと囁かれ       こ
    火星人めく妹の脚          り
   赤貝の紐に塗り箸先細き        貴
    一息に飲むタンポポの酒       庵
   山羊の毛と羊の毛刈る少年の      な
    影の大きく伸びる夕さり       こ
   燭の火の揺れて花嫁しづしづと     り
    涼しき縁に書きかけの経       貴
ナオ 薩摩琵琶さらふ念者のにほひたつ    庵
    ほどきし帯の柄の逆しま       な
   くちびるへ人差し指のやはらかく    こ
    スクイズせよのサイン見落とす    り
   ステージに残されてゐる銀の靴     貴
    馬賊が走る満州の原         庵
   降るたびに雪の礫を作りたる      な
    いろはにほへと乳の溢れて      こ
   干草を飛び越え犬の胴長し       り
    野分吹き過ぎ静寂の街        貴
   月光の石畳踏みゆく軍靴        庵
    案山子の服に岩波文庫        な
ナウ 窓際の席と決めたる日曜日       こ
    つぎつぎ開くゆふぐれの傘      り
   ゴム長の五歳にもどる夢を見て     貴
    テレビ画面に魔女の鉤鼻       庵
   千年の花の間近にパイプ椅子      な
    春たけなはの宴のはじまり      こ


起首:2019年 1月21日(月)
満尾:2019年 2月13日(水)
捌き:ゆかり