2018年1月7日日曜日

清水径子『鶸』(2)

『SASKIA』10号の清水径子二百五十句(三枝桂子抄出)から第一句集『鶸』の続き。

   咲きとほす白梅のほか夜に沈む 清水径子
   昼の月白鷺の死所照らすため
   乳房もつ白鷺か森に隠れたり
 抄出では三句並んでいる。清水径子にとって白は特別な色のようだ。『鶸』(の抄出)には他に「霜白し死の国にもし橋あらば」「短き世ひたすらに白さるすべり」「弟に白梅わたす夢の中」「しばらくは白い時間の玉霰」があり、多くは冥界に通じるモノトーンの味わいを句集全体に添えている。
 白鷺が出たところで鳥はというと、句集のタイトルである鶸は抄出中にはない。他には「恋雀雪中に身を灯しあふ」「口中に鶫の一肢ひびくなり」「夏鶯焚きて火となるもの探す」「寒凪やはるかな鳥のやうにひとり」「影の樹に影の小鳥が冬の花」「一生のしばらくが冴え夏鶯」がある。多くは単なる取り合わせではなく、刹那的な哀感がある。ちなみに鶫が禁猟になったのは昭和四十五年のことで、それまでは普通に食用だったらしい。
 
   生と死とやはらかき苜蓿に座し
 例えば逢引で男女がやわらかい苜蓿に座すのなら話は分かる。だが、清水径子はそのようにして「生と死と」が苜蓿に座しているのだと詠む。しかも五五七のリズムによる異質感に乗せて。死が生の世界に恋人同士のように普通に入り込み隣り合っている死生観こそは、清水径子ならではの句境だろう。

   一滴の春星山に加はれり
 死という不在を強く意識するとき、「ない」の反対は「ひとつある」だろう。先の記事で引用した数のほとんどは一である。一への固執は、生きていることを詠むことに通ずる。掲句では、星を一滴と数えることにより、景に不思議な生命感を与えている。


   寒の暮千年のちも火の色は
 現れる数字でいちばん大きいものは千である。他に「夏の蝶仏千体水欲っし」という句もある。掲句、肯定的にも否定的にもバイアスを加えていない「火の色」は、おそらく人類の文明ということだろう。「も」による希求は下五の終わりで唐突にぶち切られている。「仏千体」の方は、悟りを開いた仏ではなく、死者だろう。夏の蝶の生命感がはかない。

 清水径子の俳句は、見えたものを見えた通りに表現する類いのものとはぜんぜん異なる。第一句集から、独特の死生観をいかに句に定着させるかの格闘が始まっている。

(続く。次回は第二句集『哀湖』)
 

2018年1月6日土曜日

清水径子『鶸』(1)

 まずは『SASKIA』10号の清水径子二百五十句(三枝桂子抄出)から第一句集『鶸』(昭和四十八年 牧羊社)六十一句。抄出者の感性にもよるのかもしれないが、かなりの量の数字に驚く。一丁、一つ、ひとり、二月、一本松、千年、一本、千体、一粒、一肢、八月、一日、二十数年前、一滴、二月、一生。これが重大な意味を帯びてくるのかは保留ながら事実としてまずとどめておこう。

   風ときて寒柝消ゆる鏡かな 清水径子
 抄出はこの句から始まる(実際に句集の中で巻頭なのかは分からない)。子音kで頭韻を揃え緊張感を湛えた幻想的な句である。この語順で書かれると、寒柝の音は鏡のなかへ消えて行ったように読める。

   目のみえぬ魚がみひらきゐる晩春
   地虫鳴く目の中くらくあたたかし
 抄出では二句並んでいるが、いずれも目という視覚の器官を素材に、目にみえないものを把握しようとしている感がある。

   元日のきこゆるものをひとり聞く
   亡弟に赤き花挿す二月かな
   誰か来よ一本松の雪雫
 抄出では三句並んでいる。ここまで来ると、清水径子にとって聴覚が特別の位置を占めているようにも思われてくる。二句目は生前の思い出を語っているのではなかろう。第一句集にして、死者が自在に立ち現れる清水径子ワールドが始まっているのだ。そして、亡弟を手がかりとすれば、前句の「ひとり」、次句の「一本松」がなんとも意味を帯び始める。
 
(続く)

2018年1月5日金曜日

清水径子ふたたび

 昨年の二月にこのブログで清水径子のことをいろいろ書いたところ、三枝桂子さんから『SASKIA』という個人誌を頂いた。
(頂いたのは昨年の六月のことで、まったく申し訳ない限りである。)






 『SASKIA』10号は全編清水径子の特集で、大きな記事としては以下がある。

◆特集 清水径子の世界
 清水径子二百五十句
◆特別寄稿
 評論 まろびてつかむ抒情の水脈 皆川 燈
◆評論 輝けるこの世の俳句    三枝桂子

 たかがブログの記事に目をとめて、このような本格的な個人誌をお送り頂き、感謝に堪えない。私はたまたま第四句集『雨の樹』を手に取り、読んだままブログに書いた。『雨の樹』以外を読んだこともなければ、清水径子の生涯についてもほとんど知らなかった。だから、この個人誌は大いにありがたい。

 また、しばらく清水径子について書くことにしたい。

2018年1月4日木曜日

山田露結『永遠集』(最終回)

 なにしろ豆本で四十一句しか収録されていないのだから、もう語りすぎだろう。最終回とする。

   しあはせをおぼへてゐたり蛇出づる 露結
 ひとつ前の書き込みで『ホームスウィートホーム』とそのつけたり俳句自動生成ロボット・裏悪水による「悲しき大蛇」について触れた。思えば「悲しき大蛇」は露骨なエログロで、山田露結の感性の一部をロボットに押しつけて代わりに詠ませ、「ロボットのやっていることですから」としてしまった感がある。その分『ホームスウィートホーム』本体は清純であったが、今後将来にわたって山田露結が負い続けなければいけないのは、「悲しき大蛇」性の取り込みだろう。『永遠集』に蛇は二匹潜んでいる。掲句ともう一匹は「穴よりも大きな蛇が穴に入る」である。どちらの句も古典的な隠喩により性愛を詠んでいる。また蛇こそ出ないが「男根におもてうらある梅雨湿り」「きつねのかみそりよく燃えさうな老女ゐて」「襟巻を外さぬ首と愛し合ふ」といった句群は、まさに「悲しき大蛇」性というべきものだろう。

   死んだことのない僕たちに夏きざす
 『永遠集』には死も潜んでいる。掲句以外には「祝福のやうな死ががあり花氷」「死ぬ夢の中にも冬菜抱く場面」がある。

 『永遠集』に「永遠」という言葉を詠み込んだ句はない。これまで見てきた妻や過度の詠嘆やエログロや死の、そのすべてが永遠だということだろう。「悲しき大蛇」にまたがり山田露結はどこに向かうのか。今後がますます楽しみである。

(了) 

山田露結『永遠集』(3)

   さびしいぞさびしいぞ鶯餅食らふ 露結
 山田露結といえばリフレインの使い手としても知られるが、『永遠集』においても四十一句中リフレインの句はなんと十句に及ぶ。しかも掲句のように主観的な形容詞を繰り返したものとして他に「花菜漬やさしい人がやさしすぎる」「木犀や悲しい歌がまだ悲しい」がある。
 通常の俳句の表現としては直情的に過ぎるが、このあたり「淋しいぞ一人五本のゆびを開いて見る 放哉」「まつすぐな道でさみしい 山頭火」あたりのより自在な表現から得たものがあるのではないか。第一句集『ホームスウィートホーム』のつけたり「悲しき大蛇」が、俳句自動生成ロボット・裏悪水による自由律俳句だったことを思い出しておこう。 

2018年1月3日水曜日

山田露結『永遠集』(2)

   もう春が来てゐるガラス越しに妻 露結
 総じて山田露結の句に妻を題材としたものは多い。かつて下五がすべて「夢の妻」の連作もあった。『永遠集』にも妻の句は三句収められている。俳句という作品に昇華されたものなので現実の家庭に立ち入るわけではないが、作品に現れる妻はどこか遠い。掲句、作者と妻はガラス越しで、姿が見えるのに仕切られている。どちらかは庭先の肌寒さの中にいて、どちらかは暖房の効いた室内にいる。妻が外にいて作者は室内からその様子を見て春を感じているのか、作者が外にいて春を感じつつ、室内の妻を見ているのか。

   薔薇園に行く妻と行く必ず行く
 約束をすっぽかしたことがあったのだろう。それでこういうただならぬリフレインになっているのだろう。


   妻の声で低く囁く毛布かな
 妻は人格も外観もなく、ただの毛布となっている。くらやみに、季語から喚起されるぬくもり。官能的な句のようでいて、根源的な問いかけを持ったおそろしい句だとも言えよう。

2018年1月2日火曜日

山田露結『永遠集』(1)

 しばらく山田露結『永遠集』について書く。まずは写真をご覧頂きたい。





大きさの比較のためにホチキスの針の箱を並べたが、いわゆる豆本である。豆本に四十一句とあとがきが収められている。発行所は文藝豆本ぽっぺん堂、発行者は先日別の豆本で国際的な賞をとった佐藤りえさん。りえさんは最近NHKの朝の情報番組にも出演されていた。私が知らないだけで、豆本は流行っているらしい。
 『永遠集』はこんな句から始まる。

   右利きのギキキは春を待つ調べ 露結
 山田露結は知る人ぞ知るブルース・ギターの名手でもある。それを念頭におけば、右利きのミは四拍目の裏に置かれ、粘っこい三連のリズムのうねりとともに強拍で耳に飛び込んでくるのはギキキなのだ。ブルースが春を待っている。

(続く)

2018年1月1日月曜日

今年の目標

 なんかこう、だらだらっとブログを続けたいのです。切れっ端のようなものを毎日、少しずつ。毎年、望みが高すぎて冬休みが終わると続かない…。
 読みかけの本のこととか、練習中の曲のこととか、中身の入った缶詰の捨て方とか、そんなことを今年は少しずつ書いて行きたいです。

 さしあたり、今年の目標は「ひとりのときはお酒を飲まない」です。

2017年12月29日金曜日

四吟歌仙 引込線の巻 評釈

   立冬の引込線の夕陽かな        媚庵
 発句は突然「歌仙氾濫」の掲示板を閉鎖した捌き人への挨拶句。日に数回貨物列車が通るだけの引込線のうら淋しさ。とはいえ、引込線には引込線の単目的な存在理由があるのだ。

   立冬の引込線の夕陽かな        媚庵
    紙屑のごと舞ふ都鳥        ゆかり
 脇は本来、発句と同季、同じ場所で発句の挨拶に応えるものである。ネットなので架空の同じ場所として江東区を縦断する貨物専用線あたりのイメージを借りつつ、動きを取り入れる。

    紙屑のごと舞ふ都鳥        ゆかり
   流れ着くものをあれこれ選りわけて   銀河
 第三は発句と脇の挨拶を離れ、ここからが事実上の連句の展開の始まりである。あまり脇と離れていない感もあるが、水上生活者のあわただしさに転じている。

   流れ着くものをあれこれ選りわけて   銀河
    郵便配達人の憂鬱          りゑ
 「あれこれ選りわけて」いたのは郵便配達人だったのだ。選りわけても選りわけても仕事が終わらない憂鬱。

    郵便配達人の憂鬱          りゑ
   自転車を追ひかけてくる超満月      庵
 月の座である。終わらない配達の仕事に自転車を走らせていると、月が追いかけてくる。折しもスーパームーンなのだった。

   自転車を追ひかけてくる超満月      庵
    ひとさし指で交はす稲妻        り
 自転車に月といえば『E.T.』だろう。あれを稲妻というか、という方もおられようが、稲妻は秋の季語で、連句の進行上ここは秋の句を三句続けなければいけない場面なのだ。ちなみにネットで検索すると、指と指をくっつける場面は映画のどこ、という質問がいくつかヒットする。

    ひとさし指で交はす稲妻        り
ウ  ゐつづけて鳴くかなかなを愛ほしむ    河
 表六句にしては派手な展開となったが、そのまま恋の句になだれ込む。こう書くと「ゐつづけ」の対象が人間ではなく「かなかな」であるようにも読める。なんとも厭世的である。

   ゐつづけて鳴くかなかなを愛ほしむ    河
    紫烟が匂ふ舶来煙草          ゑ
 そんな男が舶来煙草をくゆらしている。

    紫烟が匂ふ舶来煙草          ゑ
   私家版を詩人歌人に発送す        庵
 一服ののち、私家版の発送作業にとりかかる人物は詩人なのか歌人なのか。このあたりあえて俳人を避けて描いているようでもある。舶来煙草の似合う俳人などいないのだろう。

   私家版を詩人歌人に発送す        庵
    限定読者27番            り
 かつて鈴木志郎康が私家版も私家版、『ト、ヲ(止乎)』という読者限定の印刷物を発行していた。曰く「詩を書いたら、その詩は読者を必要とする。だが、ここでは不特定な読者を想定するという商業的な道筋では、その表現のあり方は耐えられないのだ。」と。折しもネット上の書き込みの通番が27。

    限定読者27番            り
   勝ち馬の汗拭いてをる昼の月       河
 27番をゼッケンと見立てて競走馬の情景を描き、「汗」で夏の月の句としている。

   勝ち馬の汗拭いてをる昼の月       河
    雲ははぐれて方南町へ         ゑ
 競争馬の過酷な生活に対し、はぐれる雲により違う生き方を暗示している。実在する「方南町」は東京都杉並区だが、ここではむしろ字面の面白さによって導かれたものだろう。

    雲ははぐれて方南町へ         ゑ
   地図になき国の浪漫を語り飽き      庵
 はぐれ雲の末期として、地図になき国の浪漫といい、しかも語り飽きたという。

   地図になき国の浪漫を語り飽き      庵
    長押のうへの竹のものさし       り
 茫洋とした浪漫に対し、極めて具体的なものをぶつけている。

    長押のうへの竹のものさし       り
   お師匠のさすが乱れのなき針目      河
 ものさしから、ぴしっとした和裁の師匠が導かれている。

   お師匠のさすが乱れのなき針目      河
    ついて良いのは嘘だけだらう      ゑ
 糸屑などついていようものなら厳しく指導されるのだろう。しかし、嘘だったらついていいのか。お師匠は変な人のようでもある。

    ついて良いのは嘘だけだらう      ゑ
   無礼講ゆるされてゐる花見船       庵
 腐敗しきった現実社会はさておき、本来なら嘘つき放題なのは無礼講くらいのものだろう。この前句からよく花の座に収めたものである。

   無礼講ゆるされてゐる花見船       庵
    朧の河へ投げる駅長          り
 前句が舟でなく船だったのを受け、川ではなく河で受けている。なにか漢詩的なものをと思ったとき、とっさに菅原道真の「駅長莫驚時変改 一栄一落是春秋」が浮かび、駅長を大河に投げ込んだ。

    朧の河へ投げる駅長          り
ナオ 女子寮にわけても柳絮飛び交ひぬ     ゑ
 大河といえば柳絮だろう。女子寮の嬌声が聞こえてくる陽気である。

   女子寮にわけても柳絮飛び交ひぬ     ゑ
    アルバムに貼る写真一葉        河
 そんな女子寮の一コマである。

    アルバムに貼る写真一葉        河
   寄せ書きのギプスにライバルの名前    り
 その写真はというと、石膏のギプスにお見舞いの一同が寄せ書きしてくれたもので、中にはライバルの名前もある。

   寄せ書きのギプスにライバルの名前    り
    自己新記録まであと二秒        庵
 思えばあと二秒のところで骨折したのだった。

    自己新記録まであと二秒        庵
   わうごんで舌を鎮めてゐる立夏      ゑ
 金メダルをかじれば舌に冷たい。夏が始まる。「わうごん」の表記が意表をついている。

   わうごんで舌を鎮めてゐる立夏      ゑ
    焼菓子かをり午後のお茶会       河
 「舌を鎮めてゐる」を味覚として「わうごん」を読み替えて付けている。シナモンの効いたアップルパイだろうか。

    焼菓子かをり午後のお茶会       河
   やる気ない帽子屋に雨降り始め      り
 お茶会といえばアリス以来の帽子屋であるが、まともに付けても面白くないので「やる気ない帽子屋」としてみた。たまたまテレビで観た『鶴瓶の家族に乾杯』の瀬戸の回に大きくインスパイアされている。

   やる気ない帽子屋に雨降り始め      り
    稽古帰りの相撲取にも         庵
 稽古帰りの相撲取にも雨が降っている。雨中のものを「も」で連ねる手法としては別役実の♪電信柱もポストもふるさとも雨の中、を思い出す。雨の日はしょうがなくやる気がない。

    稽古帰りの相撲取にも         庵
   ボンネット叩いて猫を追ひ出しぬ     ゑ
 車を走らす前にボンネットを叩くことを昨今は「猫バンバン」というらしい。相撲取の叩く「猫バンバン」は手形が残りそうですらある。「ボンネット」という音の響きが意外な効果を生んでいる。
 
   ボンネット叩いて猫を追ひ出しぬ     ゑ
    いひわけといふことにあらねど     河
 ボンネットから出てきた猫がなんだか言い訳めいた仕草をする。

    いひわけといふことにあらねど     河
   缶詰のやうにしたたり月のぼる      り
 前句の情感を桃の缶詰のとろみに見立てて月をのぼらせている。月の座である。

   缶詰のやうにしたたり月のぼる      り
    夜学にまなぶ微分積分         庵
 ある種の立体の曲面や回転運動は濃厚に微分積分を感じさせる。秋の句なので「夜学」としている。

    夜学にまなぶ微分積分         庵
ナウ まへを行くかの火祭の火男よ       ゑ
 「火祭」は歳時記的には「鞍馬の火祭」で十月二十二日に行うそうである。名残裏折立として、前句とは無関係ながら秋の句を続けている。「絶滅のかの狼を連れ歩く」を裏返したような言い回しは、基本教養としての三橋敏雄といったところか。

   まへを行くかの火祭の火男よ       ゑ
    どぜう髭かと殿の御下問        河
 火祭は巨大な松明を持った壮観なものであるが、火男の髭はどぜう髭かなどというじつに場違いで珍妙な殿の御下問が可笑しい。名残裏なのに面白すぎる。

    どぜう髭かと殿の御下問        河
   やはらかい時計が開ける障子窓      り
 サルバトール・ダリの髭から「やはらかい時計」が導かれている。

   やはらかい時計が開ける障子窓      り
    ゆりかごに猫ねむる遅き日       庵
 前句「やはらかい時計」を猫の体内時計と読んで付けている。

    ゆりかごに猫ねむる遅き日       庵
   黄桜もしろも眞露も花のなか       ゑ
 花の座は「花」と書いて桜のことなので、桜で発想して「花」の字でお願いします、と注文を出すとしれっと「黄桜」などと出してくるあたりが大胆不敵ではあるのだが、酒の銘柄を列挙した「花のなか」が前句とあいまってなんともいえぬ、酩酊感を醸し出している。

   黄桜もしろも眞露も花のなか       ゑ
    とけてほどけて淡雪の水        河
 前句の酩酊感に対し、なんとも心地よい真水感がある。胃にやさしい挙句でめでたく満尾となった。結果的に名残裏は「御下問」「障子窓」「遅き日」「花のなか」「淡雪の水」と句尾が体言止めで続いてしまったが、差し替えるとまたバランスが崩れてしまうので、このままでよいのだろう。




四吟歌仙 引込線の巻

   立冬の引込線の夕陽かな        媚庵
    紙屑のごと舞ふ都鳥        ゆかり
   流れ着くものをあれこれ選りわけて   銀河
    郵便配達人の憂鬱          りゑ
   自転車を追ひかけてくる超満月      庵
    ひとさし指で交はす稲妻        り
ウ  ゐつづけて鳴くかなかなを愛ほしむ    河
    紫烟が匂ふ舶来煙草          ゑ
   私家版を詩人歌人に発送す        庵
    限定読者27番            り
   勝ち馬の汗拭いてをる昼の月       河
    雲ははぐれて方南町へ         ゑ
   地図になき国の浪漫を語り飽き      庵
    長押のうへの竹のものさし       り
   お師匠のさすが乱れのなき針目      河
    ついて良いのは嘘だけだらう      ゑ
   無礼講ゆるされてゐる花見船       庵
    朧の河へ投げる駅長          り
ナオ 女子寮にわけても柳絮飛び交ひぬ     ゑ
    アルバムに貼る写真一葉        河
   寄せ書きのギプスにライバルの名前    り
    自己新記録まであと二秒        庵
   わうごんで舌を鎮めてゐる立夏      ゑ
    焼菓子かをり午後のお茶会       河
   やる気ない帽子屋に雨降り始め      り
    稽古帰りの相撲取にも         庵
   ボンネット叩いて猫を追ひ出しぬ     ゑ
    いひわけといふことにあらねど     河
   缶詰のやうにしたたり月のぼる      り
    夜学にまなぶ微分積分         庵
ナウ まへを行くかの火祭の火男よ       ゑ
    どぜう髭かと殿の御下問        河
   やはらかい時計が開ける障子窓      り
    ゆりかごに猫ねむる遅き日       庵
   黄桜もしろも眞露も花のなか       ゑ
    とけてほどけて淡雪の水        河
 
起首:2017年11月08日
満尾:2017年12月24日
捌き:ゆかり

2017年12月24日日曜日

四字熟語

毎週粛々と続けているネットの句会が150回となった。せっかくなので題をここに上げておく。漢字一字ずつの出題で「中森明菜」なら、【中】、【森】、【明】、【菜】の4題分である。うかつにも重複して出題したのは第9回と第113回の「人手不足」くらいか。

1 中森明菜
2 史上最多
3 玉山鉄二
4 幅員減少
5 自家受粉
6 頬側面溝
7 吃逆外来
8 接客態度
9 人手不足
10 回転雲台
11 桶町河岸
12 右側通行
13 十六善神
14 桑子真帆
15 拡張現実
16 百工比照
17 直射日光
18 全身脱毛
19 腹筋崩壊
20 相席酒場
21 時刻同期
22 贅沢保湿
23 気象衛星
24 高橋一三
25 手足口病
26 水分補給
27 自由研究
28 玉音放送
29 暗黒物質
30 未公開株
31 白紙撤回
32 抱腹絶倒
33 脚下照顧
34 生態展示
35 浅草姉妹
36 堅忍不抜
37 平安美人
38 横断歩道
39 極楽浄土
40 爆弾発言
41 三六五日
42 紙飛行機
43 青空説法
44 電話番号
45 殺生河原
46 感動巨編
47 分裂状態
48 笑門来福
49 温州蜜柑
50 自動生成
51 路面凍結
52 年内立春
53 濃厚接触
54 反対意見
55 預金封鎖
56 綿混素材
57 試合終了
58 泡洗顔料
59 炭水化物
60 山口誓子
61 日本人妻
62 画像検索
63 予防接種
64 従量電灯
65 雲頂高度
66 重版出来
67 日比谷濠
68 因果応報
69 筋硬度計
70 虫歯予防
71 調査報告
72 情報操作
73 山陰本線
74 実技試験
75 毛細血管
76 郵便配達
77 糖質制限
78 個別包装
79 里約日内路
80 接続水域
81 豊洲移転
82 熱愛報道
83 身柄確保
84 甲種輸送
85 不満分子
86 地下空洞
87 常温保存
88 国会中継
89 冗長構成
90 潜水教室
91 永久欠番
92 不動産王
93 年末調整
94 地下足袋
95 大筋合意
96 持続可能
97 保存容器
98 一陽来復
99 反骨精神
100 書記座像
101 肥満解消
102 比内地鶏
103 仮面夫婦
104 対決姿勢
105 点滴静注
106 起毛素材
107 終末時計
108 団体旅行
109 全球凍結
110 千古不斧
111 単純計算
112 名場面集
113 人手不足
114 空山幽谷
115 有村架純
116 山体崩壊
117 回転寿司
118 雨晴海岸
119 吸汗速乾
120 中空糸膜
121 銅像芸人
122 十二連敗
123 徹底取材
124 歴代一位
125 往生要集
126 白百日紅
127 渡辺直美
128 往復書簡
129 事情聴取
130 外来生物
131 面従腹背
132 断層鏡肌
133 海浜幕張
134 伊達公子
135 柱状節理
136 高安宇良
137 大日如来
138 金色夜叉
139 北側斜線
140 生涯現役
141 五体投地
142 興味本位
143 平身低頭
144 毛様体筋
145 泥棒役者
146 市村正親
147 出前一丁
148 巡業部長
149 永世七冠
150 左旋偏波


この変な出題にお付き合い頂いている連衆の皆さんにひとえに感謝したい。

2017年11月14日火曜日

(24)【最終回】ロボットは死なず、ただ壊るるのみ

 最終回である。せっかくだから最後にロボットが詠んだ句を三十句載せよう。

   鱗               はいだんくん
ふくらみに渦巻く丘を桔梗かな
水澄むや胸の谷間の喫茶店
おだやかに天国を積む秋の恋
虫の夜にひとり染まつて更衣室
恋愛の行き過ぎてゐる秋黴雨
図書館に遅れる羽を夜露かな
色鳥を絞り始める除光液
秋霖に首都と染まつてゐる如し
骨盤も予感もなくて女郎花
うつくしき鮭は火星に染まるかな
おほぞらや鵙に微笑むお下げ髪
稲妻に染まるさみしさふくらはぎ
なかんづくしづかな耳を菊日和
秋の日のあふれ始めるハイヒール
兄弟のなめらかにして秋の雨
高気圧案山子の鼓膜消えかぬる
撫子の前髪や窓泣かんとす
惑星をしみじみ濡らす鰯雲
蟋蟀はをかしな森をもみあひぬ
いつせいに野分に染まる進路かな
聴覚の長月といふくだり坂
少年の耳の多くて鳥渡る
自ずからかなしき波を秋灯
幻聴の鱗となりてねこじやらし
爪先に渦巻く窓を秋の雲
倍音にかへる石榴や束ね髪
はらわたの花野のやうなひびきかな
これは櫛あれは耳かと秋の雲
長き夜の迅き漢字もあるならん
木星に微笑む影を冬支度


 結局のところ、俳句のようであろうとすることに何の意味があるのだろう。ロボットは気がつくと銀漢亭の前に立っていた。


(『俳壇』2017年12月号(本阿弥書店)初出)


追記 『プレバト』であるとき夏井いつきさんが「初心者はとかく、舞う、踊る、染まるなどを使いたがる」という話をされ、面白がって語彙の頻度設定を変えたままだったのを忘れていて、なんと「染まる」の頻度が100倍になっていました! 上の句群で「染まる」の句が何句あるかお暇な方は数えてみて下さい。

2017年10月25日水曜日

七吟歌仙 実むらさきの巻


掲示板で巻いていた連句が満尾。

 
   快晴の明けや式部の実むらさき   銀河
    開渠の果てを秋の水門     ゆかり
   校庭の無月に栗鼠の眠るらん    伸太
    前へならへの列へ初蝶      由季
   評判の草餅求め小半日       ぐみ
    滝音しげき春の夕焼      あんこ
ウ  片方は逆さの赤いハイヒール    苑を
    ラストシーンは西部劇調      河
   暗がりに少年のこゑ木霊して     り
    階段といふ生命の螺旋       太
   文豪の机の横の蚊遣香        季
    受賞をはばむ紙魚のふるまひ    み
   きしきしと面接室へ昇降機      こ
    凍へる月の欠片を拾ふ       を
   なかば座しなかば惟ひて息白く    河
    いかん菩薩になつてしまふぞ    り
   空缶を連れての旅の花筏       太
    犬猿雉と今も友達         季
ナオ 春深く鬼に貰ひしこぶ二つ      み
    けふの日記は短く終はり      こ
   町中の電氣が消えてしまふ夜     を
    おとなたちにはきつとわかるさ   河
   岸めざすイルカの群れに囲まれて   り
    朱墨の海に師の志         太
   夏痩せて播磨屋橋を行き戻り     季
    土用に伸びる暖簾のうの字     み
   仙人とさしつさされつ屏風岩     こ
    けむりの如くゑのころの群     を
   金曜のファッションモール昼の月   河
    はや冬物をお揃ひで買ふ      り
ナウ ちと語り相合傘の傘寿行く      太
    先端恐怖症の看護師        季
   白い窓白い子犬に白い椅子      み
    遠く聞こゆる正午のチャイム    こ
   花なのか花守なのか立ち尽くし    を
    特急すすむかぎろひのなか     河

起首:2017年 9月26日(火)
満尾:2017年10月25日(水)
捌き:ゆかり

2017年10月14日土曜日

(23)節という概念についてもう少し

 前回の記事はロボットの改造の話と、「節」という概念を導入する話が錯綜し、後者が多少説明不足だったかも知れない。要は単語レベルではなく、もっと大きな節でざっくり俳句を捉えることにより、句型・節・単語という入れ子構造として、三段階のかけ算でできあがる句のバリエーションが広がるということだ。で、「古池や蛙飛びこむ水の音 芭蕉」は主語+述語という普通の文章のかたちではなく、首名詞節+連体修飾節+尾名詞節という俳句独特のかたちであることに着目したのだった。

 思えば二年前この連載は以下の句型から始まった。
  ①ララララをリリリと思ふルルルかな
  ②ララララがなくてリリリのルルルかな
  ③ララララのリリララララのルルルルル
連載八回目で種明かししたとおり、それぞれ摂津幸彦、橋閒石、飯田龍太の句が元になっている。

  露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな 摂津幸彦
 一見主語と述語がありそうだが、節で分解すると連体修飾節(12)+尾名詞節(5)である。「古池や蛙飛びこむ水の音 芭蕉」には首名詞節と尾名詞節があることにより二物衝撃を構成していたが、こちらは見かけ上一物からなる。「露地裏を夜汽車と思ふ」と続いたものはすべて「金魚かな」に連体修飾として連なる。外形的に連なっているのに意味的に切断があるというのが、俳句ならではなのだ。

  階段が無くて海鼠の日暮かな 橋閒石
 「階段が無くて」が期待する「困る」とか「落ちる」とかがなく、解決しない副詞節となっている。副詞節(8)+尾名詞節(9)である。述語がないのに副詞節があるということが俳句的なのだ。

  一月の川一月の谷の中 飯田龍太
 首名詞節(7)+副詞節(12)。主語的な「一月の川」が副詞的な「一月の谷の中」にリフレインの調べで連結しているが、述語がない。これも俳句ならではだ。

 もちろん主語と述語がきちんとある句もある。

  夏草に機罐車の車輪来て止る  山口誓子
 「夏草に」は主語に先行した目的語であり「機罐車の車輪」が主語だが、述語はふたつの動詞をたたみかけていている。「機罐車の車輪」は中七としては字余りなのに格助詞の省略と動詞のたたみかけによって、句としてみごとに着地を決めている。誓子だからできることだ。こういう句に出会うと、これまでに作ったロボットをすべて破壊したくなるのだった。


(『俳壇』2017年11月号(本阿弥書店)初出) 

2017年9月22日金曜日

『星恋 表鷹見句集』(4)

  死にたくも泳ぎの手足動くなり   表鷹見
 これは身に覚えがあるが、人間の意思は生命体としての本能には無念ながら勝てない。表鷹見の句はしばしば生のやるせなさを身にまとう。

  凍死体海に気泡がぎつしりと
 「水死体」でも「溺死体」でもないので、凍死体と海の位置関係に迷うが、海に浸かっているものとして読む。人間に限らず、海はありとあらゆる死体を糧として生命を循環させる系をなす。不浄極まりない「海に気泡がぎつしりと」というディテールの描写が生々しく迫る。

  海の中に島あり霏々と雪積る
 海にも島にも分け隔てなく雪が降っているのだが、海に降るものは解け、島だけに雪が積もりゆく。叙景の句であるが、言い知れぬ寂寥感がある。

  母といふ愛(かな)しき人に月が照る

 先に「父の葬列父の青田の中通る」を見たが、残された母の心中はいかばかりなものか。それは踏まえた上で、なお「母といふ愛(かな)しき人」という措辞が伝記的事実を越えて胸を打つ。

  胸までの麦生にて縛られしごと
 「縛られしごと」は言うまでもなく麦の生育のさまを詠んだものではなく心象だろう。またしてもやるせない。

  雪永く積もりて嶽は世と隔つ
 『天狼』第七巻第三号には誓子門下ならではの連作が四句続く。「外界より見るや即ち雪の嶽」「嶽の中安らかに雪降り積もる」「雪の嶽聖なる域と異ならず」と続いた最後が掲句である。外側から概観し、内側の状態を捉え、空間的な連続性を詠んだ最後に、その永遠性において「世と隔つ」のだと謳っている。

  降る雪やかすかな髪のにほひして
 表鷹見には嗅覚の句がいくつかある。「強烈な枯野のにほひ農婦来る」「冬夜サーカス百姓達の臭ひ満つ」「二代のマント体臭親子とて違ふ」「酒臭き身にて焚火をはじめたり」…。文字通り強烈な句が多い中で掲句は「蛍籠女のにほひかもしれぬ」とともに繊細な雰囲気が漂う。雪が降れば外界の音が断たれる。かすかな髪のにほひと同じ空間にいる、息づかいや心臓の鼓動まで聞こえてきそうではないか。

  稲妻が犬の白さに驚けり
 もちろん稲妻が驚いたのではないだろう。「稲妻に照らし出された犬の白さ」をぐっと詰めて「稲妻が犬の白さ」と詠み韻律に乗せている。そんな「が」が見事である。

  性病院に目鼻つけたる雪だるま
 面白いものを見つけたものだ。性病院の先生にももちろん家族がいて、雪が降れば子どもが雪だるまをこしらえもしよう。それが結果としてはとんでもなく意表を突いた取り合わせとなる。そこをすかさず詠んでいる。



 なお、巻末の八田木枯による「紅絲 多佳子と行方不明の表鷹見に」の初出は、とある会社の社内報に寄せられたものだというが、文献として第一級の貴重なものである。西東三鬼、平畑静塔、橋本多佳子らが日吉館で徹夜の句会をやっていた時期に表鷹見、八田木枯らが山口誓子にお伺いを立て句誌『星恋』を立ち上げる経緯や、二十五歳ほど歳の違う橋本多佳子との交流などが、橋本多佳子の句集『紅絲』の評論と渾然一体となって綴られていて、じつに興味深い。


 余談となるが、八田木枯晩年のとある句会のあとで、あるとき若いめいめいが木枯さんにねだって句をコースターに書いてもらったことがあった。私が書いて頂いたのは「多佳子恋ふその頃われも罌粟まみれ 木枯」(『あらくれし日月の鈔』所収)だった。言うまでもなく「罌粟ひらく髪の先まで寂しきとき 多佳子」を踏まえたものだ。今回発掘された「紅絲 多佳子と行方不明の表鷹見に」は、その「罌粟まみれ」の具合や多佳子の「寂しきとき」の様子を伝えるものなのだった。


(了)