2013年11月4日月曜日

七吟歌仙・帰燕の巻

掲示板で巻いていた連句が満尾。

   二度三度橋をくぐりて帰燕かな  まにょん
    釣瓶落としの歪む輪郭      ゆかり
   月明に子規の色紙を取り出して    銀河
    飛球・走者と文字なぞりつつ    ぐみ
   神宮の森に復員兵集ふ        なむ
    夜店に並ぶ義足や義眼        七
ウ  離岸流切り分けてゆくクロールの   泥酔
    姫の敷布をそつと抱きしめ      ん
   天鵞絨の襟に埋める泪顔        り
    一角獣は犀の眷属          河
   洞穴の壁画に狩の息づかひ       み
    石蠟に似て凍空の月         む
   たましひの容れものはみな不定形    七
    方円となる酒は上善         酔
   裏庭に七賢おはす朧にて        ん
    たかまつてゆく春のオルガン     り
   窓外のいよよ明るむ花ふぶき      河
    カーテン揺れて金魚ひらりと     み
ナオ 夜の襞へ苔清水浸み入る如し      む
    遠く近くに覚ゆる吐息        七
   後ろ髪結ひあげかねつきぬぎぬは    酔
    第五レースではや素寒貧       ん
   降る雪が良貨も悪貨も駆逐する     り
    噴火噴煙やつと已むとも       河
   煮詰まりしどぜう鍋なりどうしやう   み
    行方不明のをととひと肚裡      む
   迷ひこむ九龍城は深い秋        七
    截拳道の師父冷まじく        酔
   墓石に鋭き月の光射し         ん
    猿が太鼓を叩く始まり        り
ナウ 顔見世に若手役者の勢ぞろひ      河
    改築済んで横文字ふやし       み
   止り木を降りて喫煙席探す       む
    春の水踏む公園通り         七
   まなじりに帯に小袖に花尽くし     酔
    空を畏れず溢れ出る蝶        ん


起首:2013年 9月18日(水)
満尾:2013年11月 4日(月)
捌き:ゆかり

2013年6月11日火曜日

詩レ入句会(9)出題

 ほぼ半年ぶりの出題です。いよいよⅢ章です。とはいえ、論考は次第に俳句に応用しづらい地平へと向かっているので、途方に暮れてそれっきりになっていたのでした。

Ⅲ章 詩と散文のあいだで
1 「かやの実」の不思議

 北原白秋に「かやの実」という短歌に似た韻律を持つ詩があり、同じ白秋の短歌「から松」や白秋の自解を引用しつつ、北川透は論考します。

かやの木に
かやの実の生り
かやの実は熟れて落ちたり、
かやの実をひろはな。

北原白秋「かやの実」

 こんな歌があるものかと批判されて、白秋が反論のためにあえて短歌に仕立てたものは以下。

かやの木にかやの実のなりかやの実は熟れて落ちたりその実ひろはな

 これに対し北川透は<白秋が、もし、はじめから歌をつくるつもりだったら、決して、こんな発想はとらないだろう>として、白秋の「から松」を紹介します。

から松にから松の影うつりをり月の山路に眺めて来れば

 北川透曰く、<後者は叙景とそれを叙する作者の眼の位相とが、音数律の構成における上句と下句として、きっちり対応させられているが、前者にはそんな短 歌的な構成の意識が、まったくないところが、発想として根本的に違うのである。「かやの実」は、韻律がほぼ短歌の形式をもっていても、それを書き下ろした 時に、しまりのない(歌らしくない)印象を与えるのは、そこに理由がある。では、それを行分けにしたときに、まさしく詩にほかならないものとして、好まし い印象を与えるのはなぜだろうか。>と。
 続けて白秋の自解(繰り返しの省略をも想定した面白いもの)を紹介した上で、白秋が<気合>とか<味>と呼んだものを北川透は論理的に解いてみせます。

 たしかに、そこで《かやの》ということばは繰り返され、それが聴覚的、視覚的に、頭韻としてのひびき合いの効果を生んでいる、と言っていい。しかし、そ の同語と繰り返しと見えるものも、行かえ(余白)を媒介にして、意味の変化を生み出していることに注意すべきである。一行目のかやは木をさしており、二行 目のかやはなったばかりの実をさし、三行目のかやは熟れたそれ、四行目は落ちているそれである。つまり《かやの》木や実は、その下に連接されることばとの 関係で、同じ<かや>でありながら、それこそ微妙な意味の差異をつくりあげている。この詩は、そのことを通して自然や宇宙の流転のもつ神秘さや淋しさを象 徴しようとしている。とすれば、《かやの》の省略は、ことばが同じでありながら、意味だけが微妙にずれてゆく過程を見えなくしてしまい、それはたしかにこ の詩の<いのち>を奪ってしまうことになるだろう。(後略)

 この後、白秋が口語自由詩を批判したことに関するくだりも面白いのですが、それは割愛して、お題です。俳句の場合、重信とそのフォロワー以外は、まあ改行などせず、貫く棒の如く書くわけですが…。

【繰り返しの句】(2~3句)
【繰り返しを省略した句】(2~3句)

投稿締切:6月15日(土)24:00(JST)
投稿宛先:yukari3434 のあとにアットマークと gmail.com

よろしくどうぞ。

2013年5月5日日曜日

チェシャ猫に取り残されたかなしみ 宮本佳世乃『鳥飛ぶ仕組み』を読む 


 「八月の数字の跡の残りたる」から始まり「ともだちの流れてこないプールかな」に終わる本句集は、具体的な事物を消し去った痕跡としてのかなしみに彩られた叙情的な句集である。まずは森から佳世乃ワールドに迷い込んでみよう。
 
一.森
  荒星や抗ふ森の咲きはじむ
 「荒星」「抗ふ」と頭韻を踏み、星と森の拮抗するうつくしさを溢れんばかりに詠んでいる。「森」全体が「咲きはじむ」という感覚的な把握が冴えわたっている。頭韻を踏んだ句は他に「鳩の目の離れてゐたり花の雨」「蓮の葉へ蓮の花散るしづけさよ」「かたすみのかたいすすきを描く絵筆」などがあるが、いずれも静謐さをたたえている。
 
  雨あがり素数のやうな夏の森
 「素数のやうな」という直喩は尋常ではない。素数は1およびその数自身のほかに約数を有しない正の整数。雨あがりの夏の森は、素数のように自立した生命体によってむせかえっているのである。この句のあと、素数の句が続く。「三人の家族の空に合歓の花」「七月の桟橋へ布掛けにゆく」。これらの句はそれゆえ、どこか満ち足りていない印象を発している。
 
二.夕暮れ
  夕暮の水のくらさよ梅ぞめく
 梅が騒いでいるのである。DNAに刻まれた夕暮れのさびしさを感じる。「よ」という間投詞、「ぞめく」という古語のどこかアンバランスな感じが一層雰囲気を盛り立てる。

  夕虹のあと鳥籠の澄みにけり
 この鳥籠にいるはずの鳥は恐らく長らくいないのだろう。夕虹と鳥籠のフォルムの連続な推移が寂寥感を増幅する。

  夕焼を壊さぬやうに脱ぎにけり
 一日の終わりに服を脱ぐように、うつくしい夕焼の記憶をそのまま脱ぐのである。奇想にして官能的である。官能的にして、民話の鶴か雪女のように、この世ならざるかなしみを感じる。
 
三.触感
  ざりざりと梨のどこかを渡りゆく
 ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』に出てくるチェシャ猫が笑いだけを残して姿を消すように、佳世乃ワールドでは、いろいろなものが具体的な触感のみを残して消え去って行く。この句でも梨の触感だけを痕跡として残して消え去る。読者は「ざりざりと」という巧みな擬態語を前に途方に暮れるのみである。

  玄冬の鳥の子紙のふかさかな
 これは究極の写生句なのかも知れない。歳時記によれば玄冬は陰陽五行説で黒を冬に配するところから来た冬の異称で、玄は黒の意。黒い冬を背景として、眼前にはただ鳥の子紙があるだけなのだ。「ふかさ」というありきたりな形容によって、ただ鳥の子紙の触感のみが喚起され、他になにもない。

四.共感覚
  はつ雪や紙をさはつたまま眠る
 同じ紙を題材にした句でも、こちらは雪の気配と紙の触感が微妙に通じ合う。共感覚とは、音に色を感じたり、形に味を感じたりすることである。チェシャ猫のたとえで押し通すなら、消えないチェシャ猫であり移動するチェシャ猫である。もし具体的な事実を俳句に求める読者なら「紙をさはつたまま眠る」になんの意味があるのだと行き詰まるだろう。強いて言うなら佳世乃ワールドには印象の痕跡しかない。もしかすると「髪をさはつたまま眠る」だったのかも知れないが、そんな詮索は無意味である。

  紅梅のゆるく始まる和音かな
 先に「梅ぞめく」の句について触れたが、またしても梅と音の配合である。そして季語はその他の部分の象徴として現れる訳でもない。
 
  きんいろの夕立のありハ長調
 夕立は激しい音を伴って降るものだが、あえて視覚に限定してから、それを音楽用語を取り合わせている。ハ長調には#もbもない。あこがれにも似た神々しさが鳴り響くのを感じる。

  あはゆきのほどける音やNHK
 前句もそうだが、いくつかの佳世乃句は二物衝撃において、「季語+長いそれ以外」という作り方をせず、「季語を含む長い部分+それ以外」という作り方を試みている。俳句において前者が一般的なのは、文芸の伝統を背負った季語が象徴性を持ち得るからである。例えば、「菊の香や奈良には古き仏たち 芭蕉」であれば、「菊の香」は「奈良の古い仏たち」を象徴している。佳世乃ワールドにおいて「ハ長調」や「NHK」といった語は、デフォルメされた俳句形式において象徴機能を強いられている。淡雪のほどける音など現実には耳にすることはできないのかも知れない。あたかもハイビジョンを駆使して制作された架空の放送作品であるかのような、現実と虚構のはざまで、いま作者の共感覚が研ぎ澄まされている。
 
  桜餅ひとりにひとつづつ心臓
 こちらはオーソドックスな「季語+長いそれ以外」。「ひとりにひとつづつ心臓」という当たり前の事実に対して季語を配合している句のようにも見えるが、桜餅を目の当たりにして詠んだ句のようでもある。桜餅の不思議な曲面が、こう並べられると心臓となんとも響き合う。だが、それが視覚だけの共鳴なのかは分からない。桜餅の触感も味も全部共鳴しているような気がする私は、完全に佳世乃ワールドの術中にはまっている。
 
  蜻蛉の翅の透けたる喫茶店
 これも共感覚といっていいかも知れない。蜻蛉の翅のどこかぱりぱりした感じは、いかにも太古からの生物であることを感じさせる。そんな脆くも懐かしい感じは、煙草の煙で壁がすっかり茶色くなってしまった古い喫茶店にも通じるものがある。
 
五.かなしみ
  八月の数字の跡の残りたる
 八月の数字が何に属していたのかは消し去られている。句集全体の一句目は、句集全体の予告のように存在する。ほとんどすべての句は、これまで見てきたように、残りたる跡として存在する。それは、蒸留されたかなしみのようでさえある。
 
  ともだちの流れてこないプールかな
 豊島園の「流れるプール」だろう。その固有名詞があってこその「流れてこないプール」である。当然流れてくるべきともだちが流れてこないまま、永遠に俳句の中に定着している。


『豆の木』No.17(2013年5月)初出






2013年4月28日日曜日

七吟歌仙・巡礼の巻

掲示板で巻いていた連句が満尾。

   巡礼の手のみな愛でし菫かな    月犬
    土に染み込む春の人影     ゆかり
   流氷をガリンコ号の割り行きて   泥酔
    殻の混じりしチーズオムレツ    恵
   三日月はねずみの仕業気にかけず  ぐみ
    原子心母に聞き入る夜長      七
ウ  綱引きに勝ちて笑顔の爽やかに   銀河
    手首の傷を撫でる指先       犬
   耳許で子音ばかりを囁かれ      り
    溶けたるチョコで書く起請文    酔
   駆落ちの荷物に傘の見当たらず    恵
    浅瀬に這ふはアメフラシかと    み
   正体のわからぬものと夏隣      七
    春も明日なき就活のドア      河
   ネットには拝金主義者の記者会見   犬
    麦酒瓶にて腹筋鍛へ        り
   花郎徒の諸肌脱げばホソマッチョ   酔
    天を突き刺すシンデレラ城     恵
ナオ 片方の下駄で占ふ明日の晴れ     み
    好みは案外B面のほう       七
   チジミにはなくてはならぬニラの味  河
    湯気の向かふに麒麟嘶き      犬
   千人の二枚舌なる間歇泉       り
    亡者欲しがる閻魔の花押      酔
   ばぶばぶと這ひ寄つてくるお父さん  恵
    初音ミクにも曾孫できる日     み
   尻尾持つ種族も混じる運動会     七
    葛掘る邑を過ぎて征き征く     河
   月の下読み解く壁の経絡図      犬
    呪文の言葉足裏目裏        り
ナウ 御邸の上棟札の黒光り        酔
    胸に降り来て消ゆる初雪      恵
      真つ白き日記の頁たどりつつ     み
    るんるんを買ひ春の野を行く    七
   河幅のとぎれることも花列車     河
    車窓に笑ふふるさとの山      犬


起首:2013年 3月19日(火)
満尾:2013年 4月28日(日)
捌き:ゆかり  

2013年3月12日火曜日

七吟歌仙・冬の陽の巻

掲示板で巻いていた連句が満尾。

   冬の陽の木洩れて滝の轟くや      銀河
    霜柱踏む都のはづれ        ゆかり
   どの人もみな水仙花手に持って      七
    涼しき顔であおぐ毒杯        由季
   火曜日の月永遠のリサイクル     あとり
    秋の燈で読む週刊ポスト       月犬
ウ  白髪の哲学者来て熟柿食む       烏龍
    まれびとの胤やどす後朝        河
   エプロンもカーテンもお揃ひの柄     ゆ
    ほがらほがらとやり過ごす日々     七
   急行と準急の差は駅七つ         季
    競艇場にひとの影なく         あ
   遠泳のまなこにゆれる夏の月       犬
    青きインクの滲む便箋         龍
   職業は電電公社の交換手         河
    右脳左脳をめぐる盃          ゆ
   空を飛ぶ夢の中まで花ふぶく       七
    象の耳まで届く陽炎          季
ナオ 海賊の王のうはさの茶摘唄        あ
    飛行機雲は富士にかかりて       犬
   鈴蘭の高さに開くお弁当         龍
    青大将が径を横切る          河
   ぞろぞろと魑魅魍魎は練り歩き      ゆ
    あんたもゾンビあたしもゾンビ     七
   再生のボタンを押せば渋き声       季
    駐車料金千二百円           あ
   老後には寺社仏閣巡らむと        犬
    山頭火集どつと積み上げ        龍
   月光も渦巻いてゐるカーニバル      河
    色鳥よりも色街よりも         ゆ
ナウ 自転車のブレ-キ甘く秋の風       七
    金属屋根を雪は滑りて         季
   平正眼右肩下げる構へ癖         あ
    春泥に突く巡礼の杖          犬
   洗濯機回して花は満開に         龍
    ベランダに出て観る春の虹       河


起首:2013年 1月31日
満尾:2013年 3月12日
捌き:ゆかり

2013年3月10日日曜日

七吟歌仙・水鳥の巻

掲示板で巻いていた連句が満尾。

   耳遠くして水鳥を眺めけり       露結
    音もひかりも春を待つ波      ゆかり
   梅一輪東京の空ふとらせて     キャミー
    うぐひす餅をやさしく摘まむ     苑を
   チャンネルを朧月へと合はせれば     恵
        砂の嵐に踊る人影          泥酔
ウ  枕から貨物列車の通る音         令
    手紙の旅の行きつ戻りつ        結
   山羊髭のたかまつてゆくサキソフォン   り
    半音先のきみの横がほ         ー
   その視線熱くてからだぢゆう沸騰     を
    液化ガスから取り出した薔薇      恵
   胸筋をひらく外科医の指白く       酔
    疲労すつぽり包む月光         令
   秋の日のラーメンライス食べ切れず    結
    炭火恋しきぶくぶくの本        り
   花万朶映る外車のボンネット       ー
    帽子目深に被る三鬼忌         を
ナオ かぎろひの中のお茶会終はらずに     恵
    蹠しびれて老若男女          酔
   唾つけて京へのぼれといふ呪文      令
    生死を分かつ水分補給         結
   炎帝を以てシシカバブーとせり      り
    トルコ石彫る盗賊の宿         ー
   青い目になつてお婆さんになつて     を
    路地へ無理やりRANGE ROVER 恵
   水牛に頚木をかけて曳きゆけば      酔
    うちなーぐちの歌のながれ来      令
   八方をニライカナイとして月夜      結
    ライカないかと探す秋の日       り
ナウ 木の実降るやうにアルバム開いたら    ー
    絆創膏を十字に貼つて         を
   丘ふたつ越えて鐘の音届く頃       恵
    真澄の空を切る春疾風         酔
   によつぽりと投手立ちたる花のあひ    令
    どこも浮世と笑ふ山々         結

起首:2013年 1月22日
満尾:2013年 3月10日
捌き:ゆかり

2013年2月18日月曜日

五吟歌仙・数へ日の巻

掲示板で巻いていた連句が満尾。

   数へ日の湯舟にをりて言葉かな      ぽぽな
    なすがままにと浮かべる熱燗      ゆかり
   冴え返へる頬のあたりに手をあてて    のかぜ
    辻占へ立つ卒業の子ら        えいけん
   春月をクレーンゲームに取り損ね     ゆたか
    YMOのやうな旋律            な
ウ  幻の馬の駆け行く東京都           り
    左見右見して首筋違へ           ぜ
   宮殿の門へ王女の影折れて          ん
    素知らぬ顔に青年子爵           か
   四五人のをとこと籠る昼下がり        な
    鉛筆をなめ作る見積            り
   白雨来てレース予想紙笠となる        ぜ
    オペラ座を出て夏満月へ          ん
   悪評を覆すべく熱演し            か
    仕出し弁当手付かずのまま         な
   簡単な間取図ひらく花の昼          ん
    子ねこ親ねこ縮尺定規           ぜ
ナオ ゆらぐたびおほきさかはるいそぎんちやく   り
    風に乗りたる声のごとくに         か
   いただきに神の翼の輝きて          な
    蜜蝋厚く塗るベニヤ板           り
   玄翁が持ち手外れて桟を折り         ぜ
    ホームランした血染めのボール       ん
   薮医者の伸ばしたる腕ちよつと触れ      か
    短き夜の恋がはじまる           な
   あの夏の日がなかつたら大丈夫        り
    浮かぶ瀬いづこ一衣帯水          ぜ
   十六夜の倉庫の前に車停め          ん
    フロントグラスは虫なき虫籠        か
ナウ 泣き疲れ眠る子を抱く秋袷          な
    そのやうにしてゆるす人肌         り
   雪舞ひて紗幕落とせり里に野に        ぜ
    ドードー鳥は夕東風に乗り         ん
   一房の花揺れ二階から枕           か
    晴れて寮生巣立ちゆく春          な


起首:2012年12月24日
満尾:2013年 2月18日
捌き:ゆかり

2013年1月26日土曜日

ホーム・スウィート・ホーム4

ところで露結さんの句にはいかにも「銀化」的な句もあります。

反故にして反故にしてみな牡丹に似 山田露結
空は海をたえず吸ひ上げ稲の花
たましひが人を着てゐる寒さかな


 こうした鮮やかな見立ての句の反面、もう一方では人生のどこかで虚子を徹底的に読み込んだであろうことも感じます。

金亀子擲つ虚子の姿かな      山田露結
たとふれば竹瓮のごとき我が家かな
冷し馬人語を以て相通ず


 直接的なパロディのみならず、先に挙げたようなリフレインの句では、虚子の一部の側面である「茎右往左往菓子器のさくらんぼ」「彼一語吾一語秋深みかも」などのメカニカルで複雑なリズムからの遠い影響も感じます。

 そうした、師系としてもハイブリッドで、虚像や複写によるたくさんのものが入り混じった多面的な山田露結ワールドを形容して、以後「ロケティッシュ」と呼びたいと思います。




ホーム・スウィート・ホーム3

 こうした虚像・複写・多数への嗜好を目の当たりにすると、2009年から2010年くらいの時期に山田露結さんが俳句自動生成ロボットの開発に注力し、ネット上で「一色悪水」「裏悪水」という二体の秀逸なロボットを公開していた事実が、にわかに腑に落ちるもののように感じられてきます。すでに露結さんは公開をやめているので、掘り返すのは差し控えますが、芝不器男俳句新人賞にロボットの作品で応募したというまことしやかなデマも今となれば楽しい思い出です。

 さて、人間としての露結さんの話に戻ります。 人間としての露結さんは、虚像・複写・多数への嗜好に関係あるのかないのか、リフレインの技巧を駆使した句をものにしています。

昼の灯の夜の灯となる桃の花    山田露結
遅き日の亀をはみだす亀の首
春光や鴎の中をゆくかもめ
ひまはりの葉に向日葵の影を置く
月の裏も月母の背(そびら)も
掛けてある妻のコートや妻のごとし
吐くときも吸ふときも息冬の蝶


 ことに次のような、語の一部をリフレインする句。

裏町に裏のにほひのして遅日    山田露結
水に棲むものに水圧養花天
人類にして類想のあたたかし
星宿や西瓜は種を宿しつつ


 これらの句には独特の陰影を感じます。









ホーム・スウィート・ホーム2

かと思うと、こんな句群はいかがでしょうか。いずれも複写をモチーフとしたものです。

僧の子の僧となりけり竹の秋   山田露結
コピーして赤はグレーに昭和の日
秋祭記憶のごとく父となりし

 また、ふたつのもの、あるいは全体と部分が似ている/少し違うというモチーフの句群もあります。

春寒や首細くして姉妹       山田露結
うららかや位牌のひとつあたらしき
涅槃図の外にも人の溢れをり
かなしからずや殻の中まで蝸牛
半畳を囲む四畳や夏椿

 そもそも、同じようなものが「たくさん」ということにセンサーが働いてしまうような面も感じます。

春の川無数に流れゐて頭痛    山田露結
われわれに無数の毛穴蠅生まる
夜の新樹までの襖の無数なる

ホーム・スウィート・ホーム1

山田露結『ホーム・スウィート・ホーム』(邑書林)について、しばらく思いつくままに書きます。

薄氷を割る薄氷の中の日も 山田露結

 このモチーフに集約される句が集中何句かあります。

釣瓶より盥へうつす春の月    山田露結
映りたる顔剥いてゆく林檎かな
鏡店出でて一人にもどる秋

 いずれも眼に映るものがじつはただの虚像に過ぎず、それが破られたことを詠んでいます。また虚像ではありませんが、「鳥帰る絵本の空をたたみけり」も同じグループに含めてよいような気がします。

 まだ破られていない虚像を虚像と知りつつ玩味している句もあります。

蝶うつる眼で見る蝶の眼にうつる  山田露結
鏡にはすべて映らず猫の恋



2013年1月8日火曜日

七吟歌仙・黒鍵の巻

掲示板で巻いていた連句が満尾。

   黒鍵の親指ふとき寒さかな      らくだ
    雪に埋もるる耳といふ耳      ゆかり
   ブーメランうまく木立をくぐり来て   銀河
    夕花野へとゑがく半円        ぐみ
   とりどりのチーズを月の供物とし   ジベル
    まちの飛蝗といなかの蝗       苑を
ウ  メールよりテレパシーにて交信す     令
    機嫌の良さを示す低音         だ
   ぶくぶくとしやぼんを溶かす男ゐて    り
    うちの女房にやヒゲがあるのさ     河
   恋猫の声に負けじと身を反らせ      み
    からくれなゐにうすらひを染め     ル
   業平の名を惜しむかに朧月        を
    言問橋に近き寓居に          令
   主より大きな顔で油虫          だ
    覚めねばよかつた気がかりな夢     り
   散る花の時を知らせるオルゴール     河
    名残の雪の三たび四たびと       み
ナオ 晩春のなみだ海豚にペンギンに      ル
    ボーダー柄のTシャツを買ふ      を
   いく重にもくるむボトルと変圧器     令
    帰路は閉まらぬトランクの蓋      だ
   自分発宅急便の不在票          り
    賞味期限はけふまでとある       河
   あしたばの薬効敬老日に説いて      み
    祭の爺の死守するセンター       ル
   白球の消えたところに秋夕焼       を
    月ついてくる神社への道        令
   闇のものすべて暴いて照魔鏡       だ
    雨季のいのちの谷戸のざりがに     り
ナウ 歓声にキャンプファイアー燃え上がる   河
    ムンクの描く口のおほきさ       み
   記憶にはケースの中のコップしか     ル
        淡き陽ざしに乾く春泥         を
   鉄棒にとどきさうなる花の枝       令
    卒業の歌満つる学び舎         だ


起首:2012年11月17日
満尾:2013年 1月 8日
捌き:ゆかり