2018年4月15日日曜日

永遠にシニフィエになり得ないシニフィアン

 川合大祐『スロー・リバー』の続き。第Ⅱ章は「まだ人間じゃない」。章のタイトルを見て最初に思い出したのは『妖怪人間ベム』の主題歌中の台詞「早く人間になりたい」だが、どうもそういうことではないらしい。
 
  二億年後の夕焼けに立つのび太
 この句を筆頭に作中人物や作家を題材とした句が果てしなく続き、「ロボットに神は死んだか問うのび太」で章が終わる。章の最後まで読み終えてもう一度、章のタイトルを見たとき、はたと気づく。シニフィアン(記号表現)が永遠にシニフィエ(記号内容)になり得ないように、作中人物ののび太は、たとえ二億年経ってもほんものの人間そのものではない。章全体がそう問いかけている。

  体言であろうタモリという男
 指し示す表現は、ここでも指し示される内容そのものではなく、絶妙なずれが可笑しい。

  そうこれはムーミンですね下顎骨
 物語の世界から逸脱し、化石として解剖学的に扱われるムーミン。

  鳥がいて隠れる犬の吹き出しに
 絵の一部に描かれるのに、通常はそれが絵の一部を隠していることを暗黙的に問われない、漫画の吹き出し。その問うてはいけない約束を問うとこんなことになる。

  翻訳の町にブラック・レイン降る
 井伏鱒二である。「黒い雨」だろうが「ブラック・レイン」だろうが、記号表現が指し示す記号内容は同じはずである。しかしそれが同じではないこと、また記号表現そのものが翻訳不能な価値であることを、私たちは知っている。

(続く)

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