2010年10月23日土曜日

伊藤白潮句集『ちろりに過ぐる』

 新旧お構いなしに読むので、今となっては入手困難な句集について書くこともあるかも知れませんが、今回読んだのは、故伊藤白潮の第五句集『ちろりに過ぐる』(角川書店 2004年)。
 この句集、おおいにはまりました。一句一句がずどんと来ます。また、曰く言い難い諧謔がたまりません。句集は、四季により青陽の章、朱明の章、白蔵の章、玄帝の章に分かれ、さらにその中が平成八年から平成十二年に分かれるという、ちょっと変わった構成になっています。
 さっそく青陽の章から見て参りましょう。

一川の遡上をゆるす斑雪の野 伊藤白潮

 遡上しているのは作者の視線でしょう。雪の残る野のゆるい景の中、川がきらきらと下流から上流に向かって見渡せる、そんな感じだと思いますが、音の響きが絶妙で、「いっせんのそじょう」という漢語の厳しい響きと「はだれのの」という和語のゆるさの対比が生き、なによりも「ゆるす」の措辞が絶妙です。

接木して晩節全うするごとし
菊根分その他一切妻任せ


 園芸の趣味があったのでしょうか。ものすごく集中する部分とそれ以外のありようが、じつに人間くさくて楽しいです。

桜恋ひ症候群をこじれさす
夜桜をくぐり血小板減らす


 なんなのでしょう、この医学用語の詩的利用。「桜恋ひ症候群」という造語が楽しく、「血小板」の句に至っては、なんだか分からない妖しさがあります。それとも怪我をしただけなのかな。

逃水を割り込ませゐる車間距離
逃水も女も追ふに値ひせり


 このあたり、じつに言い難い諧謔を感じます。

書斎派の夜は居酒屋派春一番
阿乎乃太と品書きされし岬亭


 お酒の句がずいぶんあります。お好きだったのでしょう。じっさいそう品書きにそうあったのでしょうけれど、阿乎乃太は何? あおぬた?

(続く)

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