2019年1月21日月曜日

七吟歌仙 東京の巻 評釈

   東京の夜に平成の淑気かな       媚庵

 まさに平成最後の新年ならではの発句である。夜明け前を淑気として詠んでいるところが眼目であり、平成を惜しむ万感の思いがある。

   東京の夜に平成の淑気かな       媚庵
    やがて迎へる最後の初日      ゆかり

 脇は発句に寄り添い、平成としての最後の初日の出に思いを馳せている。

    やがて迎へる最後の初日      ゆかり
   横綱の決めた覚悟の伝はつて      風牙

 第三は脇のハツヒをショニチと読み替えて展開している。この第三が付いたのは一月三日だが現実は覚悟だけではどうにもならず、稀勢の里は初日から三連敗の末、一月十六日引退した。

   横綱の決めた覚悟の伝はつて      風牙
    こむらがへりのかすかにかすめ    青猫

 「かすかにかすめ」くらいであれば自身のこむら返りだろう。前句「決めた覚悟」からk音の頭韻強調が続き、遣句的に付けている。

    こむらがへりのかすかにかすめ    青猫
   カーテンに金糸銀糸でかがる月    れいこ

 月の座であるが、前句を受けて安静にしている室内の様子としたためか虚の月となっている。ここでもk音の頭韻強調が続くが、反復音に関する禁忌が連句においてあるのかないのか捌き人は知らない。

   カーテンに金糸銀糸でかがる月    れいこ
    飾りすぎたる案山子を据ゑる     月犬

 秋の句を続け案山子としているが、なんとも月光仮面のようである。ここでもk音の頭韻強調が続く。というか月犬さんに言われるまで気がつかなかったのが真相。


     飾りすぎたる案山子を据ゑる     月犬
ウ  鶺鴒の叩くあたまのみづの音      秀雄

 初折裏折立。ここからは名残表折端まで大いに羽目をはずす。秋の句は三句続ける。鶺鴒はまたの名を石たたき、庭たたき。尾を上下に振って石や地面を叩くらしい。案山子とか石頭とか呼ばれる人物の空っぽな頭が西瓜のような音を立てるさまを思い浮かべる。

ウ  鶺鴒の叩くあたまのみづの音      秀雄
    栞をはさむ濹東綺譚          庵

 絶妙な場面展開である。『濹東綺譚』は私娼窟・玉の井を舞台とした永井荷風の小説。恋の呼び出しか。

    栞をはさむ濹東綺譚          庵
   音もなくスカイツリーの影のびて     り

 恋の呼び出しには応ぜず見送っている。玉の井は向島百花園の近くなので、その辺りならスカイツリーの影がのびていることだろうと付けた。

   音もなくスカイツリーの影のびて     り
    モスラが次に現るゝとき        牙

 往年の怪獣映画『モスラ』では東京タワーに繭を作る。スカイツリーなので「次に現るゝとき」としている。

    モスラが次に現るゝとき        牙
   暴動ののちの向日葵昏睡す        猫

 夏の昼下がりの静寂をとらえているが、モスラの繭と響き合うものがある。

   暴動ののちの向日葵昏睡す        猫
    衛星写真に映るあなたと        こ

 前句「向日葵」を気象衛星の名と読み替えている。「あなた」は人物だろうか、遠方だろうか。

    衛星写真に映るあなたと        こ
   言ふならば未亡人的腰使ひ        犬

 前句「あなた」を受けてすかさず恋の句に突入する。気象衛星から超高精細度で腰使いが未亡人的であることまで分かるのだとしたら、それはそれで恐ろしい。

   言ふならば未亡人的腰使ひ        犬
    吸はれて茎の塵となるまで       雄

 あちゃあ、塵になってしまいましたか。

    吸はれて茎の塵となるまで       雄
   日の丸に礼す建国記念の日        庵

 あざやかに転じている。ところで「建国記念の日」は日が特定できる「記念日」ではなく「記念の日」という胡散臭い祝日であり、「日の丸に礼す」にはシニカルなニュアンスがある。

   日の丸に礼す建国記念の日        庵
    御恩報ひず春の容疑者         り

 皇室的なものを思い浮かべようとすると「御恩」という言葉がよぎるが、ここでは語呂合わせでゴーン容疑者を詠んだ。無理矢理春の句に仕立てている。

    御恩報ひず春の容疑者         り
   一房を千切るは易き花の枝        牙

 花の座である。ゴーン容疑者といえば独房であるが、「房」という漢字は音読みと訓読みでぜんぜん意味が違う。それをうまく利用してうつくしくまとめている。

   一房を千切るは易き花の枝        牙
    すでに文殻水の流れに         猫

 春を離れて付けている。前句のイメージから文殻が導かれている。


    すでに文殻水の流れに         猫
ナオ コーラスのところどころに城達也     こ

 不思議な付き具合だが、「流れ」を英語にして「ジェット・ストリーム」の城達也が導かれているのだろうか。

ナオ コーラスのところどころに城達也     こ
    北京のノイズ幽かに聴こえ       犬

 ラジオの混信を詠んでいる。

    北京のノイズ幽かに聴こえ       犬
   日のなかを石踏みながら戦車くる     雄

 なんとも国情不安である。

   日のなかを石踏みながら戦車くる     雄
    夏草揺らすノストラダムス       庵

 後世から遡りひょうひょうと予言者を詠んでいる。

    夏草揺らすノストラダムス       庵
   けふもまた火星おほきくなつてゐて    り

 予言者に対し惑星の運行で付けている。

   けふもまた火星おほきくなつてゐて    り
    多分煙草と違ふ匂ひだ         牙

 前句を薬物による幻覚と捉えている。

    多分煙草と違ふ匂ひだ         牙
   ゆめやゆめうつつやうつつうすべにの   猫

 呂律の回らない遣句としている。

   ゆめやゆめうつつやうつつうすべにの   猫
    家政婦は見た白菜の虫         こ

 前句「うすべにの」の正体を白菜の虫としている。ところでこの句が付けられたのは一月十日だったが、なんの虫の知らせか一月十二日に「家政婦は見た」の市原悦子さんが亡くなった。

    家政婦は見た白菜の虫         こ
   アリランの調べは雪の丘を越え      犬

 その出演作品になにか由来があるのか、大きな景で付けている。白菜の白が雪の丘と響き合う。

   アリランの調べは雪の丘を越え      犬
    谷の底から来る隠喩たち        雄

 上から来るものに対し下から来るものを付けているが、「隠喩たち」というメタレベルな措辞が可笑しい。

    谷の底から来る隠喩たち        雄
   真夜中の月明り浴びバスの中       庵

 月の座である。谷の底からひたひた忍びよる隠喩には気づかないかのようにバスが走る。

   真夜中の月明り浴びバスの中       庵
    蚯蚓鳴くてふルージュの伝言      り

 前句「バス」を風呂に読み替えて荒井由実を引用している。ルージュで「蚯蚓鳴く」と書いたことにして秋の句としている。


    蚯蚓鳴くてふルージュの伝言      り
ナウ また同じ人がドラムス文化祭       牙

 名残裏折立である。ここからは容儀を正し挙句を目指す。出演するバンドはいくつもあるのに、また同じ人がドラムスという文化祭あるあるで付けている。ついでにいうと「ルージュの伝言」のドラムスはなかなか凝っていて難しい。

ナウ また同じ人がドラムス文化祭       牙
    ほつと息して記紀をひもとく      猫

 学園祭も一段落し研究生活に戻る。なんとなく「ルージュの伝言」→「魔女の宅急便」→「キキ」という別ルートの連想に導かれているような気もする。

    ほつと息して記紀をひもとく      猫
   木曜の肘掛椅子の反り具合        こ

 日常生活のディテールを詠んでいる。この人は木曜だけ違う場所で仕事をしている。

   木曜の肘掛椅子の反り具合        こ
    螺鈿細工の秘密の小匣         犬

 その木曜日の特別な部屋には螺鈿細工の秘密の小匣がある。

    螺鈿細工の秘密の小匣         犬
   本能の蓋をひらけば花明り        雄

 小匣に封印されていたのは本能で、開くと花明りがあふれる。官能的な味わいのある花の座である。

   本能の蓋をひらけば花明り        雄
    縄文弥生鳴く百千鳥          庵

 前句が視覚的であるのに対し、挙句では音響的に補完している。発句は「平成」という一元号を惜しむものであったが、挙句は縄文弥生以来脈々と続く本能の快楽をたからかに歌い上げている。
 

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