2010年6月24日木曜日

文学的断章

大岡信がかつて『ユリイカ』に連載していた「文学的断章」シリーズは、「激しい断絶を含んでいて、しかも背後には繋がりが見てとれる」を散文でやろうとしていたものなのだろう。それも連句から来ていたのか。あのシリーズ、大好きだった。『彩耳記』『狩月記』『星客集』『年魚集』。のちに結構話題となった『日本人の脳』の学説をいち早く紹介したり、透明な立方体に半分葡萄酒を入れる話があったり、…。

で、『彩耳記』『狩月記』を収めた『大岡信著作集 第十三巻』を開く。滴々集によれば、きっかけは連句ではなく、書肆ユリイカの社主が亡くなって廃刊となっていた「ユリイカ」を青土社から復活させるにあたり、欠席裁判のようにして「大岡はいろいろと書き込んだノートのようなものを持っているにちがいないから、それを元にして連載を書かせよう」と衆議一決してしまったということらしい。曰く、

形式としては原題を読んで字の如く「断章」です。ひとつの主題をきりきり追求する論文ではなく、ややとりとめなくつなげられたいくつかの断章群で一回ずつを構成してゆくわけですが、純然たるアフォリズムとはまた違って、一回ごとに話題の中心になるテーマは一応あるんですね。というより、これは僕の好みでそうなってしまうのだけれど、ぶっつけに何かを書いてゆくと、おのずとその内側からある主題が喚び起こされてきて、それまでは思い及ばなかった素材を僕に思い出させてくれる。そこでそれを引っぱり出してきて主題をさらにふくらませてゆく、という方法をとっているのです。すべてがそうというわけではないけれど、多くの場合そうなっています。実は、この方法は、僕自身にとっても一大発見というに近いもので、『紀貫之』その他の、のちに書くことになる本の書き方にまで甚大な影響を及ぼしました。

と。また曰く、

連句をやったことは僕にとって、詩を書くうえでひとつの転機になりました。文章における「断章」と、詩における連句と、この二つの経験は僕の三十代の終りに生じた願ってもない新しい自己発見の機会となりました。連句の一行から次の一行への飛躍の仕方は、ちょうど「断章」で文章修行を新たに始めていた僕には大いに示唆的だったんです。時のめぐりがそのまま時の恵みになったようにも思いました。

と。

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