2009年9月7日月曜日

井上弘美『汀』2

 あとがきに次のようにあります。

 京都を離れて東京で生活をしていると、なぜかいつも遠くに湖が見えるようになりました。繰り返し訪れた琵琶湖の四季折々の風景が、まるで祈りのようにくっきりと見えているのです。ささやかな句集に『汀』と名付けた所以です。

 そのように言われてみると「みづうみを遠く置きたる更衣」も「みづぎはのちかづいてくる朧かな」も虚実の定かならざる味わいがあるのですが、句集全体を通して、湖に限らず海も特別の位置を占め、とりわけ水位に関して独特の鋭敏な感覚があるように感じられます。この場合、実際の水位にかかわらず、遠景の湖/海は視界において水位が高いということも意識したほうがよさそうです。

空蝉にまひるの海のありにけり     井上弘美
たましひのかたちに冷えてみづうみは
眼つむれば黙禱となる寒の波
鳥の巣を高々上げて湖の荒れ
断念の高さなりけり夏怒濤
掛稲のうしろ大きな波上がる
海見ゆる高さに放ち春の馬
たつぷりと波引きにけり春の闇
みづおとを奔らせてゐる昼寝かな
波頭とほくにそろふ青蜜柑
秋燕の低く出てゆく波がしら
枇杷もいで水平線の傾ぎけり
箱庭の燈台に沖暮れにけり
飛び魚を食つてとほくに夜の海
秋の潮岬ときどき消えにけり
波音の波におくるる後の月
みづうみはみづをみたして残る虫
水音の響いてゐたる破魔矢かな
雨脚の沖に広がる残り鴨
みづうみのあかるさに置く雛調度
鯉のぼり海ふくらんできたりけり
切れ切れに海見えてゐる桜かな

 こうしてみると『汀』、じつにすばらしい題だと思います。

1 件のコメント:

  1. 井上弘美さんの句群、御紹介下さり、有難うございました。
    ただ漫然と俳句をかじるのではなく、自分なりのスタンスを意識することが大切。などと、得るところ大でした。
    「みしみし」にたどり着けたのは、本当にラッキーでした。  Satin Doll の方で、拙句にお目を留めて頂き恐縮して居ります。これからもどうぞよろしく。

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