2009年9月9日水曜日

井上弘美『汀』3

 俳人らしい言い回しの句を見て行きましょう。

裏貼りに髪の一筋涅槃絵図    井上弘美
生身魂羽化するごとく眠りをり
秋の蜂かさりと眼つかひけり
綿虫の綿のだんだんおもくなる
雪吊の巻きぐせの縄垂らしけり
いちまいの炎の中の栄螺かな
後の月甘藍は巻き強めけり
夜深く湯に湯を足しぬ十三夜
観梅の声まつすぐに使ひけり
赤不動明王の枇杷啜りけり
濡れてゐる岩魚つつめる炎かな
波頭とほくにそろふ青蜜柑
天地を雨のつらぬく櫨紅葉
一石に水の分かるる桜かな
しばらくは水怯へけり水中花
手を打つて死者の加はる踊かな
凍瀧の水は鱗となりにけり
波音の波におくるる後の月
雪嶺を立たせて空のあたらしき
雛鏡明治の雪を積もらしぬ

 この目のつけどころ、この比喩、この感じ方、ないしはこの措辞。こういう句ばかり集めるとこういう俳人のようにも思えてくるのですが、全体の印象は最初に書いたとおり、「ぎりぎりのところまでひとつのことしか言わないことによって、じつに広い空間と時間を呼び込んでいる」感じです。

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