2009年8月20日木曜日

鳥居真里子『月の茗荷』2

こころいま朧膨れとなりにけり 鳥居真里子

「朧膨れ」という造語を前に、いまひとたび歳時記で「朧」を見てみましょう。

【朧 おぼろ】春は大気中の水分が増加し万物が霞んで見えることが多い。その現象を昼は霞というのに対して、夜は朧という。(以下略。『合本俳句歳時記第四版』より)

 つまり時間は夜であり、本来くっきり存在するはずのものが輪郭を失った状態であることが、「朧膨れ」という造語によって、特異な身体感覚とともに表現されているのです。他に余計なことをつけ加えず、「となりにけり」と十七音いっぱいに引き延ばすことによって、例えば「春愁」のような手垢にまみれた言葉とはぜんぜん違う心象世界が現れています。そして、にもかかわらず「朧」という言葉の引力によって、どこか王朝和歌のようなみやびさ、妖艶さも感じられます。これから何度も春になるたび、この句を思い出してみることでしょう。

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