2012年 4月29日(日)00時17分3秒から2012年 5月12日(土)12時48分39秒まで。
詩レ入句会(2)を振り返って 投稿者:らくだ 投稿日:2012年 5月12日(土)12時48分39秒
銀河さん、拙作の全句コメントありがとうございました。
「俳人の立場から言えば、音数律構成などというものは、あまりにも絶対的過ぎて、俳句と俳句でないものを区別する尺度として、なんら役に立ちません。」
というゆかりさんの言を受けて、俳句でないものもあえて有季定型で作ろうと思いました。
詩レ入では定型は詩的レトリックということですが、例えば五七五になっている標語は詩なのか?
今回の句会で、俳句でないものに出すのは「詩でないもの」なのか?
……というようなことをぐるぐる考えたのでした。(アタマ膿んじゃう^^;)
で、やっぱり自分としては、詩でないものをだしても意味ないかなぁと思ったので、
季語を含む定型なのに俳句でない(が一応詩ではある)という自分の線引きで、
意識としては川柳のようなものを目指したのですが、
結局は俳句以前、川柳以前の変なものになってしまった。
(先日、野口さんと川柳の話をしたのですが、俳句のアタマでは絶対川柳は作れないと言われました。とほほ^^;)
結果を見て、令さんと同じく、「俳句でないものの基準は人それぞれ」なのかなぁと思ったんですが、
それって俳句の定義も人それぞれということに?
銀河さんの言う「作った人が俳句と言えば俳句」がいちばん私には楽なんですが^^;
その反対に「読む人が俳句と思うから俳句」というのも有り?
……あ、そうすると、読む人が俳句でないと思えば俳句でないことになっちゃうのか……うーん。
今回、作者が俳句でないものとして出したのかなぁ、と思う句も選句したわけですが、
それを俳句と思うかどうかと聞かれても分かりません^^;
俳句に出されたものを「俳句でないもの」に出されたものと思いつつ選んでいたり、その逆だったり。
まだぐるぐるしていますが、自分の脳内では、五七五定型という大きな括りがあって、
中はあまり厳密に分けられていない気がします。
「俳句でないもの」は「詩でないもの」ではない、というそんな当り前のことしか学習できていない……です。
(さっぱり進歩してない……とほほ^^;
おお、オナカムシモドキまでも 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月12日(土)12時44分42秒
そうそう、こんなふうに意見交換したかったのです。苑をさんやらくださんもよろしく。らくださんの「だがな!銀河!」読みたし。
らくださん。こんにちわ 投稿者:銀河 投稿日:2012年 5月11日(金)15時49分11秒
●
ひばりの巣ありし辺りも濁流下 らくだ
卯の花腐しおんなにも女難の相 らくだ
霾やヤン・ウェンリーと民主主義 らくだ
上記の句について。575定型としての俳句であることは明瞭です。
だがな!らくだ!(赤い新撰。の御中虫さんのマネ)。いっちょ いわせてもらうぜよ!(坂本龍馬のまね)
「卯の花腐し女難の相はおんなにも」
と転倒して上句で切り、二句一章を際立たせれば、俳句詩型の特色、取合せの妙味がもっとあきらかに出てくるように思います。
自由詩詩人は「キレ」という概念がよくわからないらしい。それで、一物仕立ての句では誹諧の雰囲気あるものを(もちろん歳時記で季語をみつtけて)「俳句]と認識する人が多いような気がする。
しかし、意味の完結という点から言えばそう変わらなくても、「うのはなくたしおんなにも・・」と音韻が同じ雰囲気でつながりすぎます。そのつながり方の方が7.5調を思い出させて入り易いかもしれませんけど。俳句の分節ごとに場面を転換してゆく面白さが消えます。
「霾やヤン・ウェンリーと民主主義」
社会性俳句を黄河流域に適用したものらしい。「有季定型」には違いないが、叙述がただごとなので、歴史認識が朝怡等と、言われそうです。
「霾やヤン・ウェンリーとデモクラシー」 とカタカナで統一するとか
「霾やヤン・ウェンリーの民主主義」と 「の」にして二句一章にしたほうが意図がよくわかるのですがいかが?
「ひばりの巣ありし辺りも濁流下」
これは、私の好きな句で、とりおとしの感あり。
「ありし辺り」と「濁流下」。。これは同じ場所を見ている時制がちがうので、はじめは気になったのですが、もともとこういうダブりは俳句にはなりにくいのでしょうが、ここではうまくめずらしく決まっています。いいな。ラクダさんの「俳句」は。大陸の「民主主義」より、ナショナルな時事く?であるこっちのほうをいただくべきでした。
●以下、俳句でない(つもり)でつくられたもの
ゴールデンウィークがすでに走り梅雨 らくだ
これがもっとも「俳句」に近い・・というか「メタ俳句」ではないでしょうか、どんどんなおせる気がしました。
ひこばえが綾波レイになりたがる らくだ
「綾波レイ」が人名なら、アイディアの句です。綾。波。ハワイのあの「レイ」と「ひこばえ」がとりあわせとして連結できるか、にかかっている。うまくいったら、俳句になるのでは?
新緑でねたみそねみを染め上げる らくだ
このままでは俳句になりようがない。川柳として出来がいいのでは?
その意味では、らくださんのだした「非俳句三句」の中では、私ならばこれが特選句です。
「新緑の毒素みちたり法隆寺」高浜虚子でしたか?
こうすると、「新緑」に強い「毒」意味を盛り込んでいても立派な俳句です。
ゆかりり? 投稿者:令 投稿日:2012年 5月11日(金)11時51分55秒
行く川の流れは絶えず貼つてある ゆかり
これは作者がゆかりさんだと判ると、ゆかりり作の様な気もします。
詩的レトリック入門の2の次の3の
「日常的、慣習的な語法や文脈に違犯の関係をつくりだすことで、おいしいことばになっている」
という作品かも。
路地に入り消えてしまった金魚売り 苑を
しっかりと俳句だと思いました。
はつなつの空は死者たちの微笑み 苑を
この句は、八九、もしくは、五八四と読めてやや定型を外した感がありますが、総音数は17音。
これも詩のようにも思えます。
青葦 投稿者:令 投稿日:2012年 5月11日(金)09時56分16秒
は、現代詩の一部分のつもりで書きました。
直線
と
直感
かぞへきれぬ
青葦
こう書けば、北園克衛もびっくり、かな??なーんて。
金魚売り 投稿者:銀河 投稿日:2012年 5月11日(金)02時15分43秒
苑をさんの二句について
川超えて金魚を売りにきたといふ(俳句)
路次に入り消えてしまった金魚売り(非俳句)
これは、私の基準から言えば区別しない、これだけでは特別な詩的意味とか諧謔の景を試しようがないから。
誰かの句に。虚子かな?「・・・と言う」でおわるのがあったでしょ?あの型の踏襲かもしれない。
また、安井浩司に
「万物の消え去りてのち青物屋」とか正確には覚えていませんが、そういうのがありまして、俳句として扱われているので、消えたまま帰ってこない金魚売りがいたとしても、これがそういう傾向の口語体の俳句、であってもおかしくない。
どちらも、何かの連作の一部として、定型律、あるいは17字の完結性があるので、作った人が俳句といえば俳句になり、いや、と思うなら、別の定型詩になるグレイゾーンがあるのでは?、クロスオーバー地帯があるのではないでしょうか?
北川透さんは(故吉本隆明さんも)、短歌はある程度わかっても、俳諧、俳句はどこかまだ噛み合わないところがあります。でも、次の章へゆくと、この論考がやはり、詩のための構想であることがかなり鮮明になってきます。「余白論」は応用の効く思考軸ですね。
そーかつ 投稿者:銀河 投稿日:2012年 5月11日(金)00時27分10秒
【俳句】、のつもり
鍵穴の狭いお部屋に臥す母よ → 一応切れた世界をつくった、ので「俳句」
三月の闇のキッチン湯の沸る → 季語で切ったつもりの「俳句」。これは、三月を季節感の季語として書いたのではなく、詩的コレスポンダンスをねらいました。
門柱に籠ると書いて引き籠る → やはりらくださんの好みでしたか?深謝。限りなく川柳に近い「俳句」。五七五定型です。
有明の真っ赤な嘘や日記帳 →省略を効かせたつもり。従来の俳句より意味があざといので俳人に嫌われそうです。無季
輪郭のしるきはさびし夕焼雲 → 一応有季定型。「夕焼雲」が夏だってこと私は感覚としてわかるのです。令さん、深謝。
全体にぎりぎりのところで川柳にはしたくない俳句の諧謔のレトリックをさぐっていますが、感動を呼ぶ一句の「感動」の根拠が、近頃だんだんわからなくなりました。
【俳句でないもの】
ただ下手か上手いかの差よ五七五俳句にならぬもののなからん → 見ればわかる、非俳句
加奈陀産西洋楓糖水蜀魂 → 令さん有難う、そういう読み方で結構です。漢字遊びという不真面目さによって非俳句。
元栓は閉めたはずだが気になって → 連句の付け句。三句の転じにつけたでしょう?終わっていません。故に非俳句。
原発は活断層に乗っている → 全く散文。でも、五七五だから、非 ではない、という人もいるかも。こういう平凡な句を俳句として通すには子規ぐらいのオーソリチーでなければ、ゆーきいりますよね。
赤ちゃん ばあ ほら 五七五 →見るからに作意ある非俳句なので、自由律「反俳句」として「俳句」視されるかも。
秘密あり俳句にはせぬことあまた → これも上と同様の理由。意味は完結しているが、景ができてないので非俳句でしょう。
非俳句を作ることは、面白いけど次第に機知過剰にかたむくので警戒しつつ、です。創作には愚直ってことも大事ですから。
ちなみに、今回の句は「青葦」がオーソドックスな正統派の俳句だと思いましたが。作者はこれ、俳句にあらざると??。
俳句でない 投稿者:令 投稿日:2012年 5月10日(木)23時04分9秒 編集済
詩的レトリック入門では、
「俳句や短歌の音数律構成が、拘束力をもつほぼ絶対的な規範である」
と言っているのに対し、ゆかりさんのおっしゃる
「俳人の立場から言えば、音数律構成などというものは、あまりにも絶対的過ぎて、
俳句と俳句でないものを区別する尺度として、なんら役に立ちません」
というところから、五七五でも俳句でないものを考えてみたわけですが、
俳句でないものには皆それぞれの基準があるのかもしれません。
私の俳句ではないもののうち、
私儀という語は退職届の時に書いた文言だし、
収束発散は、図書館で見た数学の極限か何かの説明の文で、
<収束しない○○はすべて発散する>というのがあって、○○は「数列」だったか、
何だったか忘れてしまいましたが、それを五七五にしました。季語入れて。
季語も絶対的規範にはならないだろうというところから、俳句でないものにも全部季語を入れました。
毎年よ彼岸の頃に寒いのは、という子規のお母さんが言ったという五七五がありますが、
日常の中にできる五七五もありますね。
銀河さんの「原発は活断層に乗っている」はまさにそうですね。
らくださんの「ゴールデンウィークがすでに走り梅雨」もそうかな。
詩レ入句会(2)作者発表 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 9日(水)20時58分3秒
【俳句】
鍵穴の狭いお部屋に臥す母よ 銀河
三月の闇のキッチン湯の沸る 銀河
門柱に籠ると書いて引き籠る 銀河 ら
有明の真っ赤な嘘や日記帳 銀河
輪郭のしるきはさびし夕焼雲 銀河 令
初夏へ白き梯子を掛けてをり 苑を 令ら
川越えて金魚を売りに来たと言ふ 苑を ゆ
麦秋の風吹きぬけて地蔵堂 苑を
はつなつの屋根ある街を犬ほゆる ゆかり 銀苑
ヒラメ筋たつぷり用ゐ春惜しむ ゆかり ら
青果店酒店隔て春の昼 ゆかり 令苑
立ち止まり眼鏡はづして夏来る ゆかり 銀
ひばりの巣ありし辺りも濁流下 らくだ
卯の花腐しおんなにも女難の相 らくだ ゆ
霾やヤン・ウェンリーと民主主義 らくだ 銀
空に臨海区花水木ひらいて 令 ゆ
春闌けぬさびしい人は窓に寄り 令
葉桜や波打寄せて引きかへす 令
廊下まで夜の新樹の流れ入る 令 ゆ苑
【俳句でないもの】
ただ下手か上手いかの差よ五七五俳句にならぬもののなからん 銀河
加奈陀産西洋楓糖水蜀魂 銀河 令
元栓は閉めたはずだが気になって 銀河
原発は活断層に乗っている 銀河
赤ちゃん ばあ ほら 五七五 銀河
秘密あり俳句にはせぬことあまた 銀河
はつなつの空は死者たちの微笑み 苑を 令
麦の黄に少女は鰐になつている 苑を 令
路地に入り消えてしまった金魚売り 苑を 銀
我等みな夏帽子にて春惜しむ ゆかり
行く川の流れは絶えず貼つてある ゆかり ら
聖五月胸はたわわな方がよい ゆかり
噴水や全人格を否定する ゆかり 銀苑
ゴールデンウィークがすでに走り梅雨 らくだ
ひこばえが綾波レイになりたがる らくだ
新緑でねたみそねみを染め上げる らくだ
私儀これより蝌蚪の国に入る 令 ゆ苑ら
収束しない夕焼すべて発散す 令 ら
直線と直感かぞへきれぬ青葦 令 銀苑
坪庭に夜も石南花開いてゐる 令
忘れ物また白靴を脱ぐ玄関 令 ゆ
(以上)
おおお、令さんの【俳句でないもの】強し。
では、今度こそ皆様、総括を!
選句 投稿者:らくだ 投稿日:2012年 5月 9日(水)15時24分32秒
遅くなりまして。
◯ヒラメ筋たつぷり用ゐ春惜しむ
「春惜しむ」なので仕事の場面じゃなさそうだけど、家事はふくまれるかも。あるいはランニング、ウォーキング、その他遊びに来て遊んでいる、「たつぷり用ゐ」て思う存分、なところがいいです。
◯行く川の流れは絶えず貼つてある
「貼つてある」て!!それじゃ「もとの水にあらず」にならんじゃないですか。
というような可笑しさがらくだ好みです。
◯私儀これより蝌蚪の国に入る
「蝌蚪の国」へは宣言して入る、そうしないと帰って来られない。
というような物語もいいなぁ。
◯収束しない夕焼すべて発散す
夕焼はたしかに、収束ではなく発散だと思う。
夕焼空と同じように、見ている自分も今日一日のもろもろを発散して帰ろう。
◯初夏へ白き梯子を掛けてをり
初夏に白は付き過ぎなんだろうなぁ、と思いつつ、色ならやっぱり白かなぁと。
◯門柱に籠ると書いて引き籠る
むむ、こんな変な引き籠り方あるのか? でもそのへんなところがやっぱりらくだ好み^^;
今回、俳句でないものとして出されたのかもと思った句も選びました。
それは逆選になっちゃうのかなぁ?
でも、句会で出されたら多分取るだろうなぁと思ったので、敢えて選しました。
「俳句と俳句でないもの」を意識すると作るにも選ぶにも微妙なバイアスというか心理が働きますね。
とにもかくにも選句です。 投稿者:苑を 投稿日:2012年 5月 9日(水)09時38分55秒 編集済
普段、俳句として提示されたら「俳句として読む」ので、今回は、もーどうしろっていうの状態。
選句は全部、俳句として読みました。それでも混乱。
○はつなつの屋根ある街を犬ほゆる
初夏の陽のあたる屋根の連なりと犬の声の乾いた感じがよいです。
「街を」で繋げない方が「俳句的レトリック」かもしれないが、現代の空気感は繋げることで出る。
もう俳句ではない五七五はないのかもしれない。
○私儀これより蝌蚪の国に入る
雰囲気だけなんですね。意味はない。むりむり解釈すれば、
池とかに入っていくのを大袈裟に言ったとも、いや、むしろ幻想とも、そこが面白い。
軽さが諧謔に通ずでしょうか。
○青果店酒店隔て春の昼
春昼感満載。俳句ならではです。
○直線と直感かぞへきれぬ青葦
葦原の青さと直立。夏の印象が描かれる。
素直な句なのだけれど、切れの約束が生きる。
○噴水や全人格を否定する
取り合わせ、二物衝撃ですが、噴水のしぶきの爽快で人格などと言うよけいなものが無となる心地よさを感じます。
ここが「俳句的レトリック」の妙。
○廊下まで夜の新樹の流れ入る
気持ちの良い句。一句が流れそのものなのですね。
なんだ、 投稿者:銀河 投稿日:2012年 5月 9日(水)00時07分39秒
・・そうやったの?
でもまあ。攪乱したやうで。
いえ、 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 8日(火)23時57分51秒
冗談なので気にしないで下さい。
ああ、ごめんなさい。 投稿者:銀河 投稿日:2012年 5月 8日(火)23時51分56秒
まとめなんかじゃありませんが、少し早すぎたようですね。シュックを読んでいて、本体の詩的レトリックとの関連でおもいついたことがあったので、かえって話題を広げてしまったのです、句会だから、そのことに専念すべきでした。この欄と、先の意見を削除して、九回の話題のみにしてください。
、
おお、 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 8日(火)22時43分49秒
まだお二方の選を残して、銀河さんがまとめに入っている…。
困った困った、と言いながら 投稿者:銀河 投稿日:2012年 5月 8日(火)01時16分49秒
・・楽しかったですよ。「俳句らしさ」の典型、という時、現代詩人たちも外側からは、総合誌でみなれたもので、音数律では五七五と、雰囲気では「わび」「さび」「しをり」などの古来から俳諧的なタッチの言葉に、反応するのではないかしら。
俳句読みの方が、俳句ではないものをうまく出せないほど、世界を広げているのでしょうね。
作るのも選ぶのも困った 投稿者:令 投稿日:2012年 5月 6日(日)22時01分3秒 編集済
☆ はつなつの空は死者たちの微笑み
しっかりとした俳句ですよね。五七五は崩してるけど。
日差しが強くなって明るい空に、却って相反するものを思うもの。
☆ 初夏へ白き梯子を掛けてをり
白がさわやか。夏そのものへ掛けるのだから大きさがある。
☆加奈陀産西洋楓糖水蜀魂
カナダ産メープルシロップほととぎす
と読んだのですが、それでいいかしら。
こういう書き方のホトトギスもあるんですね。
この季語が付いてすっく立ち上がってます。
☆ 青果店酒店隔て春の昼
平和な春昼感。
お店屋さんと春昼を並べるということを当たり前の様にしてるのは俳句らしいかな。
☆ 麦の黄に少女は鰐になつている
鰐になるとは、じっと動かず黙して眼光鋭く、という感じか。
麦の熟れる頃と少女がよい取り合わせ。
☆輪郭のしるきはさびし夕焼雲
夕焼の雲、エッジが紫になったりしてきれいなんだけど、
寂しいんですね、この方は。
いちおう読ませるが、一言いいたい「俳句」 投稿者:銀河 投稿日:2012年 5月 6日(日)20時45分14秒
○立ち止まり眼鏡はづして夏来る
立ち止まり、で視線と動きがとまる。中七下五の流れが新鮮である。
○はつなつの屋根ある街を犬ほゆる スッキリ感があるものの、屋根のない街があれば教え てください、と茶々を入れたくなる。
「炎天の犬捕り低く唄ひ出す・西東三鬼昭・和25年作」の句に学ぶべし。
○噴水や全人格を否定する
「人生は不可解で良し滝の前」(出口善子)。往年の東大生のように華厳に滝に飛び込んだ エピソードが すでにある。噴水に飛び込んでも絶対死ねない。愚行をわざわざ詠むこ とはない。
○直線と直感かぞへきれぬ青葦
「青葦」の形状を活かした「直線」と「直感」の使い分けに機知を感じた。取り合わせ方がいい。とおもった。
○霾やヤン・ウェンリーと民主主義
アジア大陸の民主化と黄砂。かなり、付過ぎの感あり。
○路地に入り消えてしまった金魚売り
こういうのサラッとしてい諧謔はあまりないけど、てなんだか、怪談俳句っぽい。
*
これが究極の俳句、という方向をおもわせる句が少なかったので、選句に困りました、俳句でないものを無理につくらせないでください。(^J^)
詩レ入(2)選です 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 6日(日)19時02分1秒
なんか単純に歳時記に載っているような季語を含む棒の如きものはぜんぶ俳句に見えますね。
○卯の花腐しおんなにも女難の相
湿度100%の季語の斡旋ですね。こんな難度の高い季語を持ち出した以上、俳句以外のなにものでもありません。
○空に臨海区花水木ひらいて
破調ですが、「空に臨海区」という把握がなんとも俳人目線です。五七五に整えて「花水木ひらいて空に臨海区」としたものと比べてみると、句尾を開いた原句の方が空間把握が巧みで、そのあたりの周到さは俳句以外のなにものでもありません。
○私儀これより蝌蚪の国に入る
「私儀」の俳味がたまりません。これも俳句以外のなにものでもありません。
○忘れ物また白靴を脱ぐ玄関
冷ややかな玄関の佇まいが見えてくるようです。決して暴力団ではないでしょう。
○川越えて金魚を売りに来たと言ふ
この「川」が三途の川かなにかのように感じられるのは、金魚売りをこの頃見かけないからだけなのでしょうか。
○廊下まで夜の新樹の流れ入る
たいへん情緒的な把握です。でも「夜の新樹」と言った時点で、俳句の重力圏に引き込まれています。
詩レ入句会(2)投句一覧【追加】 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 6日(日)18時18分5秒 編集済
すみません、手違いで一名分届いておりませんでした。追加しますので、あらためて選をお願いします。
で、集まった句を見たらほとんど俳句にしか見えないので、区別せずシャッフルしました。が、うち半分くらいは作者が俳句ではないものとして投句したものです。6句選でお願いします。
ゴールデンウィークがすでに走り梅雨
ただ下手か上手いかの差よ五七五俳句にならぬもののなからん
はつなつの屋根ある街を犬ほゆる
はつなつの空は死者たちの微笑み
ひこばえが綾波レイになりたがる
ひばりの巣ありし辺りも濁流下
ヒラメ筋たつぷり用ゐ春惜しむ
卯の花腐しおんなにも女難の相
加奈陀産西洋楓糖水蜀魂
我等みな夏帽子にて春惜しむ
空に臨海区花水木ひらいて
鍵穴の狭いお部屋に臥す母よ
元栓は閉めたはずだが気になって
原発は活断層に乗っている
行く川の流れは絶えず貼つてある
三月の闇のキッチン湯の沸る
私儀これより蝌蚪の国に入る
収束しない夕焼すべて発散す
春闌けぬさびしい人は窓に寄り
初夏へ白き梯子を掛けてをり
新緑でねたみそねみを染め上げる
聖五月胸はたわわな方がよい
青果店酒店隔て春の昼
赤ちゃん ばあ ほら 五七五
川越えて金魚を売りに来たと言ふ
直線と直感かぞへきれぬ青葦
坪庭に夜も石南花開いてゐる
麦の黄に少女は鰐になつている
麦秋の風吹きぬけて地蔵堂
秘密あり俳句にはせぬことあまた
噴水や全人格を否定する
忘れ物また白靴を脱ぐ玄関
門柱に籠ると書いて引き籠る
有明の真っ赤な嘘や日記帳
葉桜や波打寄せて引きかへす
立ち止まり眼鏡はづして夏来る
輪郭のしるきはさびし夕焼雲
路地に入り消えてしまった金魚売り
廊下まで夜の新樹の流れ入る
霾やヤン・ウェンリーと民主主義
(以上)
6句選(特選、逆選なし)
選句締切:5月9日(水)24時(JST)
よろしくどうぞ。
小田真紀 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 6日(日)02時18分55秒 編集済
七さん、植物図鑑のアップありがとうございます。オダマキって漠然と「オダ・マキ」と切れるのかと思っていたのですが、「オ・タマキ」だったのですね。認識をあらたにしました。
なんだか 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 6日(日)02時12分58秒
ネットではない句会の日にちを勘違いしていて、ひとり和田堀公園あたりをうろうろしていました。関係者の方、すみません。
植物図鑑その5 投稿者:七 投稿日:2012年 5月 5日(土)11時55分31秒
苧環が咲きました。去年は青色だったはずの同じ鉢から、今年はなぜかピンク!http://yasashi.info/o_00001.htm 麻の糸玉に似ているらしい。ファン・アイク、ダビンチ、ボッシュにも苧環は描かれている。羽根をひろげた鳩に似ているからラテン語ではコルンピナと呼ばれ、中世には鳩ととに精霊のシンボルとなる。らしい。なんだか、お喋りと音楽も聞こえそうな花だわ(^^;)週俳の写真拝見しました~♪ゆかり様~変わりませんね~♪そりゃ一年も経たずに変わったら大変だ。野口さん、お初。面白そうなヒトだなあ。絵になりそうな、らくださん。「詩レ入」!あなむずかしや!!!サディスティックゆかりマゾバンド!賑やかし席で楽しませてもらいますぅぅぅ(^_^;)
http://soup-stock7.blogspot.com/
詩レ入 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 5日(土)01時58分0秒
只今投句三名です。
砂浴び 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 5日(土)01時55分33秒 編集済
まにょんさん、こんばんは。『古句を観る』のご紹介ありがとうございます。動物の習性についてはうといもので、「砂浴び」を検索してしまいました。鶏の生態をよく知っている人にとっては、「雞(にわとり)寝たる」と書かれているだけで、それは砂浴びをしていることになるのですね。
ちなみに人間の習性についてもうといもので、かの『現代語から古語を引く辞典』を引いてみると、基本語のひとつとして「寝る」が固めてあって、傍題の「共寝」の古語としては、さしまくら、さぬらく、そでつぐ、まきぬ、ゐぬ、などが列挙されているのでした。
で、『現代語から古語を引く辞典』と『現代語から古語を引く 現古辞典』の違いについては後者の方のamazonのレビューを書いたんだけど、前者が用例まったくなしで収録語が多いのに対し、後者はすべてに用例がありその代わり収録語が少ないという基本的な違いがあります。だけど、前者の「基本語の周辺」という記事のまとめ方が面白くて、俳人としてことばを探すのに使うなら、圧倒的に前者です。用例は見たければ別の辞書を見ればよろし。まあ、後者のレビューなので「どちらをよしとするかは、読者の側が何を目的にしているかによるだろう」という婉曲表現にしたけど…。
『古句を観る』 投稿者:まにょん 投稿日:2012年 5月 5日(土)00時27分54秒
梅が香や雞(にわとり)寝たる地のくぼみ 如行
農家の庭などの実景であろう。日向の土の窪んだところに、雞が寝て砂を浴びている。あたりにある梅が馥郁たる香を放っている、というようなところらしい。香ということにはあまり執着する必要はない。梅の咲いている日向に雞が砂を浴びている、しずかな光景が浮かべばいいのである。「地の窪み」の一語がこの場合最も重要な働をなしている。
柴田宵曲の『古句を観る』から。こんな解読が延々と続いて、読み始めると止められないのですよ。引いたのは文章が短いものだったからです。他にもっとおもしろいものもありますが、長くなるので止めました。
現古辞典 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 3日(木)23時34分42秒
意外なことに2冊とも図書館で禁帯ではなかったので、予約しました。楽しみ楽しみ。
現古辞典 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 3日(木)17時17分37秒
突然ですが、以下の2冊の現物を比較して見比べたことがある方、いらっしゃいますか。
1)現代語から古語を引く辞典 http://www.amazon.co.jp/dp/4385140421
2)現代語から古語を引く 現古辞典 http://www.amazon.co.jp/dp/430902100X
先日、店頭で後者を見かけ「おお、こんなものがあるんだ」と感動しつつ手許不如意につき後日と思っていたのですが、検索したら先行するものとして前者があるようです。
いえいえ 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 3日(木)15時36分8秒
ふふふ。
どっひゃー 投稿者:らくだ 投稿日:2012年 5月 3日(木)14時22分59秒
と思わず声が出るお題。
「サディスティック・ゆかり・句会」とつい命名してしまったです。
今、奈落の底からせり上がりつつあるのは、
これまで句会に出してきたものは、いったい俳句だったのか?
という悪魔のささやきなんですが……^^;(およよ
うう、泣き言言っている間にひとつでも捻り出さないと。
ゆかり様 投稿者:まにょん 投稿日:2012年 5月 2日(水)22時00分58秒
感謝!異論などとんでもない。ありがとうございました。
鳩吹くとっていただいただけでありがたいです。
ゆふぐれの巻 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 2日(水)20時20分33秒
ううむ、困りましたね。一句目はそのまんま季語をつけただけだし、二句目も次が月の座であることを考えると、空を仰ぐのはともかく、秋の虹だとそうとう月を出しづらいことになりそうです。最初の案と今回の二句目を合成してみましょう。
ゆふぐれの舌の薄さや著莪の花 令
生まれつつあるはつなつの闇 ゆかり
元栓は閉めたはずだが気になつて 銀河
鳩吹く人の仰ぐなかぞら まにょん
ひとまず進めます。まにょんさん、異論があればどうぞ。
次は月の座です。どなたかお願いします。
ゆふぐれの巻 投稿者:まにょん 投稿日:2012年 5月 2日(水)18時39分29秒
生まれつつあるはつなつの闇 ゆかり
元栓は閉めたはずだが気になつて 銀河
ええいままよと高きに登る まにょん
空を仰げば秋の虹あり
のっけから躓いております。いわんこっちゃない(笑)。
いかがでせうか、厳しいお捌きを。
なにか事件があったのでせうか。
新聞はとってないし、テレビのニュースも見ないし……。
昨日(というかもう今日ですが)は夜中に
『ハート・ロッカー』なんぞ借りてきて観てました。
時間の浪費……。
↓なにやら難しいことが展開されているようで、コワい。
はい 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 2日(水)13時26分48秒
私たち(なぜ複数形?)が「俳句」と呼ぶものは音数律を崩したって俳句でないものにはならず、「俳句」ならざるものは音数律に当てはめたって「俳句」ならざるものであることに変わりはない、というようなことが、奈落の底からせり上がってくると面白いのですが…。
で、出題する際に三題にして【俳句】【下手な俳句】【俳句でないもの】というのも考えたのですが、往々にして【下手な俳句】≒【俳句でないもの】と語られる状況もあり、二題にして皆さんの解釈に委ねることにしました。投句された皆さんの句をざっと見た上で、もしかすると逆選ありにするかも知れません。【俳句でないもの】の逆選ってなんなんだ、って想像しただけでもわくわくしませんか。
俳句でないもの 投稿者:令 投稿日:2012年 5月 2日(水)13時09分44秒
難し。
俳句は音数律を崩したって俳句でないものにはならないということでしょう?
575を崩したところで俳句は俳句なのだから、575でありながら俳句でないものを、ということですよね。
俳句になってない、というとつまらない句の時に言われる様な気がしますが。
つまらない句ではなくて、俳句になってない面白い句を作れ、ということなのでしょうか。
苑をさん、全然食べてるという印象じゃなーい。
え゛っ、 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 2日(水)12時48分17秒
苑をさん、1時22分にして、すでにいろんなことが起きているのですか。なんだろう。ダーレオーエン選手が亡くなったことくらいしか関心のあるニュースはなく、二股愛の人は名前さえ知らず。
ゆふぐれの巻 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 2日(水)12時41分47秒
まにょんさん、どうも。
生まれつつあるはつなつの闇 ゆかり
元栓は閉めたはずだが気になつて 銀河
鳩吹く人が四五人をりぬ まにょん
ううむ、なんともしっくりきません。前句が生きてこないような気がします。別の発想でもう一句お願い致します。
今日(2日)は 投稿者:苑を 投稿日:2012年 5月 2日(水)01時22分32秒
いろんなことが起こってますね。
詩レ入句会<2> な、なんて難しいことを。
前に「俳句の人でない」と分類された位なので…。
俳句らしきものという曖昧なところで書いている。俳句すると大抵マズイ。
いやはや…。
ところで週刊俳句の写真では食べて食べて食べまくっているのが私です。
いやはや…。
ゆふぐれの巻 投稿者:まにょん 投稿日:2012年 5月 2日(水)00時49分4秒
鳩吹く人が四五人をりぬ まにょん
懲りもせず……。いかがでせうか。
ゆかりさん、どうも 投稿者:銀河 投稿日:2012年 5月 1日(火)22時22分53秒
夜が活動時間帯あんおですね?さすが、冴えてきて対応が早いんだなあ。
シュックが中途半端なので、せめて古文調に統一しようと、投稿しかけたところでした。口語調でいいなら助かりました。
詩レ入句会 2 またまた難題、ようわかりませんがともかく、考えてみませう。
ゆふぐれの巻 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 1日(火)21時59分23秒
銀河さん、どうも。せっかくだからもう少し口語っぽく整えてみましょう。
ゆふぐれの舌の薄さや著莪の花 令
生まれつつあるはつなつの闇 ゆかり
元栓は閉めたはずだが気になつて 銀河
では、どなたか雑か秋で続けて下さい。その次の五句目が月の座です。
ゆふぐれの巻 投稿者:銀河 投稿日:2012年 5月 1日(火)21時54分47秒
元栓は閉めたはずだが気になりて 銀河
いささか俗に転じすぎたかしら?
詩レ入句会(2)出題 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 1日(火)20時16分48秒 編集済
では2回目です。
Ⅰ レトリックの誘惑
2 詩的レトリックは修辞ではない
らくださんがいみじくも書かれた「俳句としてはどうなのよ的なもの」、今回はそれで行きましょうか。谷川俊太郎の短い詩を引用したのち、北川透は書きます。
このような平叙文や慣習化されたことばの在り方とは区別される、詩的なことばの在り方を、先の詩の例から取りだせば、行分け、連構成、余白、省略(選択)、比喩、多義的な語の使用、繰り返し(リズム)、暗示、助詞や語尾の変化への細心の注意ということになる。むろん、これは詩的なことばの在り方の一部に過ぎないが、これらの総体の関係をわたしは<詩的レトリック=詩的仮構>と呼びたい。詩的レトリックは、詩作品のすべてではないことは当然だが、しかし、詩と詩でないものとを相対的に区別していることはたしかであろう。
ここでさらに文章は「俳句や短歌における音数律構成も、詩的レトリックの在り方の一つであり、それは先にも書いたように絶対的な規範であるが」(後略)と続くわけですが、俳人の立場から言えば、音数律構成などというものは、あまりにも絶対的過ぎて、俳句と俳句でないものを区別する尺度として、なんら役に立ちません。
というわけで出題します。
【俳句】(3~5句くらい)
【俳句でないもの】(3~5句くらい)
投句締切:5月4日(金)24:00(JST)
投句宛先:yukari3434 のあとにアットマークと gmail.com
★整理の都合上、俳句の行には俳句以外の題とか記号とか俳号とか本名とかを書かず左詰で列挙願います。
今回の書式の例
【俳句】
はつなつやこれは俳句に違ひない
鯉幟これは俳句に違ひない
麦秋やこれは俳句に違ひない
【俳句でないもの】
はつなつやこれが俳句のわけがない
鯉幟これが俳句のわけがない
麦秋やこれが俳句のわけがない
よろしくどうぞ。
ゆふぐれの巻 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 5月 1日(火)17時06分9秒
ゆふぐれの舌の薄さや著莪の花 令
生まれつつあるはつなつの闇 ゆかり
どなたか第三を雑の「て止め」でお願いします。銀河さん、令さん、この際だから野口さんをここへ連れてきて下さい。
らくださん、思っていたよりスリムな方 投稿者:銀河 投稿日:2012年 5月 1日(火)11時09分36秒
野口さんとはこちらの句会や読書会仲間。彼と並んだ三人の写真なら、ゆかりさんもらくださんもわかりました。よろしくおねがいします。
週刊俳句5周年、オフ会。賑やかなオープンな雰囲気が伝わってきました。
連休はいろいろあるのですね。
私は今日中に原稿書き、終わったら、また来ます。
【<思いつき>のような二物衝撃】 投稿者:令 投稿日:2012年 5月 1日(火)10時19分40秒
ありがとうございました。
どの句も、「いわば戦術的な<思いつき>」が見えて面白かったです。
選は苦労しました。
著莪の花、発句ですか!?
ゆかりさま、よろしくお願いします。
オフ会の写真、拝見いたしました。お二人と野口裕さんが並んでましたね。
あらま! 投稿者:らくだ 投稿日:2012年 5月 1日(火)02時39分52秒
銀河さん、ありがとうございます♪
こちらこそ、よろしく。次回も当てにしております。(こら^^;
「思いつき」と「二物衝撃」でひねるあまり、俳句としてはどうなのよ的なものになってしまった気もしますが、それでも、ひねっている間は結構楽しかったです。
これまで、きっぱり切れた二物衝撃の句ってあまり作らなかったんだなぁと思いました。
なんというか、取り合わせでもどことなく地続きのような。(意味的に)
それと、著莪の花の句をひとり取りこぼすあたりに、連句で恋の句が上手くならない理由があるのだなぁと、つくづく思いましたです、とほほ。
先日のオフ会で、ゆかりさんと苑をさんにお久しぶりにお会いしました。
週俳のオフ会写真のどこかで、ゆかりさんと並んで写っております。
(どれかな~?)
ホントだ 相思相愛!! 投稿者:銀河 投稿日:2012年 4月29日(日)00時49分3秒
らくださん、いまだ拝顔の栄には浴しておりませんが お互いタイプのようですね。というか、にぶつしょーげき、ということの理解が似ているのでせう。どうぞよろしくおねがいします。
詩レ入句会(1)作者発表 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 4月29日(日)00時31分29秒
マスカットといえどもインセストタブーの果て 銀河 ら
ピッツァパイにしよう刃こぼれの母なるが 銀河
遺伝子をオリーブの空瓶に詰めおく 銀河 ら
さあそれが賢い松とアラフラ海 銀河 ら
ぜんまいまたは穴三つあるコンセント らくだ 銀
ファンクションキーとは如何に囀れる らくだ 苑令
立心は偏の名前でつくしんぼ らくだ 銀令
ついてない日のそれはそれ蜷は蜷 らくだ 銀
ワーキングプアには見えぬ葱坊主 らくだ 苑
やぶれかぶれの日々菜の花がいつぱい 苑を 令ゆ
さくらもち水の話をしていたり 苑を ゆ
まぼろしのめだかを飼ひて老いゆけり 苑を
満天星躑躅からだぢゅう痒くなる 苑を 銀ら
姉さんは扉を閉める紫木蓮 苑を 令
ゆふぐれの舌の薄さや著莪の花 令 苑銀ゆ
塵劫記から蛇苺こぼれけり 令 苑らゆ
金鳳花教頭先生走りだす 令 苑
うたかたの上り詰めたりリラの花 令 ゆ
摩尼車まはすおぼろの羅馬尼亜 令
お祝ひの歌に囲まれ風光る ゆかり
かんたんな名前の街の花水木 ゆかり 令
音階の聞こえる家や大手毬 ゆかり
令さん強し。銀河さんとらくださんの相思相愛ぶり可笑し。しばし硬軟ご歓談を。
【<思いつき>のような二物衝撃】選 投稿者:ゆかり 投稿日:2012年 4月29日(日)00時17分3秒
遅くなりました。すみません。
○うたかたの上り詰めたりリラの花
もちろん「リラの花」の前で切れるわけですが、「た」「り」の反復による密集感がどうしようもなく「リラの花」そのもののようで発語者の意識の深層を垣間見たような気がします。
○さくらもち水の話をしていたり
この場合、「さくらもち」はたった一語で状況を明示する機能を負っていますね。汚染水の話でも水泥棒の話でもないことがはっきり分かるという点では何も切れていないのかも知れません。
○やぶれかぶれの日々菜の花がいつぱい
「やぶれかぶれ」というのは結局のところ、結果がそれほど深刻ではない心の状態に過ぎないのかも知れません。いっぱいの菜の花と釣り合うくらいで…。
○ゆふぐれの舌の薄さや著莪の花
舌の薄さなど通常意識しないものなので、舌をからませあうような行為にふけっているのかも知れないし、書いてあるとおり「ゆふぐれの舌」というどこかエロチックな触手のようなものを逢魔が時に感じたのかも知れません。いずれにせよ、「著莪の花」のはかなさが取り合わせとして絶妙です。これ、発句として頂きます。
○塵劫記から蛇苺こぼれけり
また、なんとも微妙な取り合わせを…。殺風景な数学書そのものがカラフルで官能的なもののように思われてきます。

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